先輩と登校


 朝、登校の時間。三年目ともなれば、ただ同じルートをなぞるだけの数十分は思考の時間となる。日に日に強さを増す太陽から逃げる場所もないまま、ありふれた塀と柵に縁取られた歩道を歩く。

 思えば、昨日は随分とぶっ飛んだ行動をしてしまったものだ。目を閉じずとも思い出せる、抱き締められたあの感覚。
 太陽とは別の原因で暑くなってきてしまったなーあはは。一体何をしてるんだ私は。ははは。

「先輩」

 不意に響く、珍しく張られた声。振り返れば、私と同じく珍しいものを見るような顔をした財前が駆け寄ってきていた。

「あれ、おはよう」
「おはようございます」
「朝練?」

 問えばこくり。一つだけ頷いた財前はそのまま私の隣に並び、何故か視線の全部を私にくれながら歩行を再開する。

「……な、何か付いてる?」

 ぺたぺたと顔を触るも、目元口元におかしな感触はない。朝御飯の名残らしきものはちょっとだけあったけど。いや本当にほんの少しだけなんだ、これのはずはない。多分。そうであってくれ。
 思案はあくまで心の中で。だのに何がおかしかったのだろう、これまた珍しいことにくつくつと肩を揺らす財前。あんまりびっくりしたもんだから足は止まり、半歩先で同じく立ち止まった財前は一拍の間を置いて、中途にあがったままの私の手を取った。

「別に。先輩は今日も可愛いなぁ思っただけですわ」
「へぁ」

 余りにも、余りにも想定外な言葉。不意討ち。そりゃ愉快な声だって洩れる。
 果たして彼はこんなキャラだったろうか。イメチェン? ならぬキャラチェン? それともあれか、夢? 思考はくるくる空回り、心なしか視界もくらくらしている。これが恋か。財前にくらくらしちゃってるのか。
 そんな漫画みたいなこと。思わず口を突きそうになった言葉は寸でのところで止まり、らしくもなく熱を持っていた頬に気付く。これじゃ恋に恋する少女だ。

 私の動揺を知ってか知らずか、手を握ったままにずんずん進んでいく財前。別段辛くはないけれど、急いでいる訳でもないのにどうしたんだろう。
 塀が途切れ、十字路の信号に足止めを食らった財前は、背を向けたまま口を開く。

「……先輩は、言わんと分からへんのやろ」
「え?」

 目眩にも似たくらくらはピタリと止んだ。不意に冷静さの帰って来た私の目に入ったのは、ピアス以外の色でほんのりと彩られた耳。

「可愛いのはそっちじゃん」
「は?」

 呟きに振り返った財前に睨むように見下ろされるも、その頬もまた色付いているのが明らかになっただけ。迫力も何もありはしない。
 その場の勢いで指を絡めてやれば、互いに信号よりも鮮やかな赤色を見せる結果となった。

18/10/15
19/06/10 公開
19/09/06 修正

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