四天宝寺には学食がありますが、今回はお弁当設定。
昼休みの教室は酷く騒がしい。昼休みでなくとも騒がしいのは言わずもがな。
スピーカーから響く、相も変わらずスピードばかりな先輩の声を意識からシャットアウトしながら弁当を広げる。
一人で昼を過ごすのはいつものこと。俺も周りも慣れたもので、今ではあーだのこーだの声を掛けてくるやつはいない。有り難いことだ。
ふと、去年のことが過った。適当な階段や空き教室で弁当を食べていたときのことだ。
切っ掛けは何だったか。意地だったのか、はたまた虚勢か。今からすれば酷く下らない、思い出せないくらい些細な理由だったのだろう。それでも当時の俺からすれば、一人で居られる場所こそが己の居場所だった。
ようやく定位置で落ち着けるようになったのも束の間、先輩らが急にその場所で屯すようになって。
本当、先輩らがいつもの場所で談笑しとるのを見たときはこの世の終わりかと思ったわ。向こうからすれば善意やったんやろうけど、四六時中ノリの違う人らと居るなんざ、俺にとっては地獄でしかない。一人の時間くらい残しておいて欲しいんすわ。
「……はぁ」
声になるほどのため息がこぼれる。全く無駄なことを考えた。弁当の中身をさっさとかっこんで、図書館辺りで時間を潰そう。そう決めて箸を取るのと同時にクラスメイトに声を掛けられ、元々下がっていたテンションが地に落ちた。
「何やねん……」
「先輩が呼んでんで!」
「──は」
まさかと思って顔を上げれば、頭に過った通りの人が弁当らしき袋を掲げていて。慌てて目の前のものをまとめながら立ち上がった。
廊下を進めば、人影は疎らになっていく。迷うことなく歩を進める先輩の、斜め後ろからの顔を眺めた。
「いやぁ、ごめんね? 急に来ちゃって」
「や、別に……教室でボッチ飯するよかマシですし」
マシって何やねん、もっと言い方あるやろ俺のアホ。
自分で自分に悪態を吐くも、当の先輩は「そっかー」と笑っていた。可愛い。優しい。
「連絡した方が良いんじゃないかとは思ったけどさ、学校でケータイ使うのもどうかなーって。ま、その前にメアドも交換してなかったんだけどね」
たははと笑いながら、辿り着いた空き教室のドアをさりげなく開けてくれる先輩。紳士っぷりが一つ上とは思えないほど。どこぞの、速さしか取り柄の無い人も見習って欲しいくらいや。
いや違う、そうやない。このチャンスを見逃すな俺。惚れ直し掛けた心に渇を入れる。
告って直ぐに教室を出たせいでしそびれたアドレス交換。なんだかんだで一週間も経ってしまったが、先輩自ら上手いパスを回してくれたのだ。みすみす見逃すアホがいてたまるかという話。
教室に入って、ドアを閉めようとした先輩に向き直る。
「……ほなら、交換します?」
「え?」
「メアド。今。」
「……あー……」
ドアの引き手にかけたままの手は下ろされず、どこか困ったような声が上がる。
言葉がぶっきらぼうになってしまったのは自分でもよく分かった。ただ、先輩が言葉を濁しているらしい理由が分からない。こんなことで脅される人ではない、はずだ。
それでも焦りすぎたのは確か。謙也さんやないんやから。
「あのね、すごーく言いにくいんだけど……ケータイ、教室に忘れちゃって……」
「今、先輩から話振ったやないですか」
「いやぁ、面目ない」
そんな展開になると思っていなかった俺は素で呆れ、先輩はまた笑う。
でも、どこか抜けているところもまた可愛い。忘れたのに気付いて、ちょっと照れくさそうにしとる顔とかが特に。また好きになってしまう。
「……俺、ケータイ持ってますし、メアドメモってきます?」
「うわー助かる! ありがとう〜、ごめんね」
ほっとしたらしい先輩はへにゃりと笑い、その可愛さで飯が食える気がしてきた昼休みだった。
その日、夜のうちにテストメールを送ると言われたものの、日付を過ぎてもメールが届くことはなく。もしかしてどこか間違ってメモしてしまったのか、でも電話番号も渡したし。夜遅い人の可能性もあるやろか、などぐるぐると考えつつ待ったが、ついに届くことはないまま寝落ちした。
朝になれば少しだけ、本当に少しだけ恨めしい気持ちもあった。けれど、俺が起きる30分程前に『緊張してたら送信ボタン押し忘れてた!ごめん!』という題と、名前の書かれた本文という不思議なメールが届いていたのに気付き。それを打った先輩がどんなに慌てていたであろうかを想像して、結局全て許した。
18/10/15
20/01/22 修正
20/02/06 公開