Ex.02白石先輩とお話

 私はテニス部に顔を出さなければならなくなると物凄くお腹が痛くなる。仮病じゃない、ストレスだ。胃に穴開きそう。


 財前は私の話ならちゃんと聞いてくれる、そんな噂が広まったのはいつ頃だろう。広めた側でなく広められた側なのでわからない。
 噂側の人間になって理解したのは、人間って怖い。元々知ってたわ。

 そんなこんなな経緯があり、財前に何か用があったり質問があったりアポ取りがあったりすると、まず私に声がかかるようになっていた。それは秋過ぎ、財前が部長になった直後にピークに達し──『こいつ、俺のマネージャーと違うんやけど』と(珍しく)財前が本気で怒ったことでパタリと止んだ。本当にごめん。
 ちなみに私も無意味に人の頼みを聞きまくるなと怒られた。未だに治らない、財前曰く私の悪いクセだ。


 まぁそんな未来の話は置いといて。
 財前と付き合い初めて1ヶ月も経っていないその日は、まだ噂も広がりきっていない頃だった(多分)。
 何度か訪れているはずの部室を見上げる。テニス部でもないのに度々顔を出すのはどうなんでしょうか? 何度問おうとしても、イケメン集団を前にすると、言葉は虚しく散っていった。

 そのイケメン軍団の筆頭たる男が白石蔵ノ介、テニス部の部長さん。『絶世の』という語が付きそうな美貌、ただ呼吸をするだけで居たたまれなくなってくる美声、四天宝寺全体と比較しても問題児まみれのテニス部を纏めあげるその手腕。勉強も出来るし性格も良い、どんな欠点があるっていうんだ。口癖か、そうだな。財前は「何だかんだすぐ脱ぐ」って言ってた、やっぱ口癖か。歌は上手いのにボケを我慢できない四天宝寺精神もか。あとネタの微妙さ。よしいっぱいあった。

 閑話休題。
 冷静になれば人間らしい欠点が見えてくるものの(カブトムシ愛とか)、本人と面と向かっている時にはそんなもの思い出せないくらいの衝撃を毎回受ける。髪サラサラ、睫毛長い、肌白い、すべすべしてそう。なんで女子じゃないんですか?
 一度、見とれながら財前に溢したら初めて叩かれた。さすがにあの時は私が悪かった。

 また逸れている思考を手繰り寄せながら部室の扉をノックするべく片手を上げる。これはいわゆる現実逃避、余程あの人らに会いたくないと見える。自分のことがよく分からなくなるのもストレス故だ、前は財前でいっぱいいっぱいだったってのに。
 あ、お腹痛くなってきた。

「あれ、今駒さん?」
「ッ!?」
「うわっ」

 がちゃり。中途な姿勢のままの私の目の前の扉が自動で開く。いっそバックレようとも思っていた所にそんなことを されれば当然驚く、ビビる。結果、ただ声を掛けられただけなのに三センチほど飛び上がる恥をかいた。
ちなみに目を丸くしてもイケメンはイケメンだった。

「す、すいませんぼーっとしてて……」
「えぇよ〜。……あ、オフの今駒さんや」

 俺、そのやらかい喋り方好きやで〜と笑いかけられ、私の作画が光に消し飛ばされる。イケメンの笑顔と他意のない好意は凶器足り得るのだ、そんなだから彼女できないんですよ。

「エッ……と、財前、くん……いますか?」

 自分でもどこから出しているのか分からない声が出る、どもる。オフのままで居るのには馴れていないけど、かといってここからオンにしても多分耐えきれなくて戻る。人の精神はボタンで切り替わるスイッチじゃないんだ。

「財前? もちろん居るで。おーい財前! 彼女さん来とるでー!」
「ヒェ……」

 未だに慣れられない事実を大きな美声で叫ばれるのは心臓に悪い。ぐっと制服を握り締めていると、見慣れた顔が走ってきて安堵の息が洩れた。だがしかし、その顔がめちゃくちゃにしかめられていることに気付いてからはまた胃が痛くなった。そろそろ本当に穴が空くのかもしれない。




「部長さんイケメン過ぎて、直視してると五臓六腑出てきそう……」
「出せるもんなら出してみろや」
「不機嫌の極み……」

 用事を伝えた後、すぐに帰ろうとしたら『今休憩やから』とコート側に引き摺られていった。部外者という概念はないのか、どこからともなくやってきた金色先輩に揉みくちゃにされながら思ったのはさっきの話。

「そもそも、あの人にそないに緊張する要素が見当たらん」
「そりゃあ財前は見慣れてるだろうけどさぁ……」
「顔以外は残念な変態やぞ」
「えぇ……」
「聞こえてんで」

 そっちかい、そう言おうとしたら予想より近くから声がして跳ねる。どこが面白かったのか、くつくつと肩を揺らす財前の向こうから噂の白石先輩が歩いてくるのが見えた。

「おぉ、財前が笑っとる……」
「笑っとりませんけど」
「割りと笑いますよ財前、私がビビった時とか」
「性格の悪さが出るなぁ……」

 性格の悪さ。そうだろうか? 軽く首を傾げた私の脳裏に浮かぶのは、音楽のことを話すときの楽しげな財前。あれを見れるのは私だけということか、少し頬が緩む。

「何をニヤついとんねん」
「へへへへ痛い!」
「どの話からこの流れになったん?」
「知りません」
「何でですかねぇ」

 ははは。つねられている痛みを笑って無視しようとするも、し切れない痛い。ぺちりと叩いたら手は頬から離れた。何がしたいんだ本当。

「つーか、性格の悪さっつったら先輩の方が上やないですか」
「え?」
「えー、白石先輩性格良いイメージしかないですけどねぇ」

 今もそうだ、本当に性格の悪い人だったら笑いながらこんな悪口に近い言葉を流したりするはずはない。財前の言葉全部に反論してる忍足先輩に何か言いたいわけではないけれど。ないけれども。

「帰りながらスマホ弄っとると電池の無駄や云々言われるし、最悪取り上げられる」
「え……?」
「今駒さんの目が一気に敵対したのがわかったんやけど」
「俺は今駒の味方なんで」
「ゲロ甘やな!?」

 ぐっとサムズアップする財前の表情はいつもと変わらず鉄のそれ。何を基準にしてのいつも通りかは言わないけどね、言ったらどつかれそう。
 冷静になれば歩きスマホをしている財前が10:0で悪いのだけど、こうも真っ直ぐに「味方だ」と言い切られたらそんな言葉を出せるわけもなく。
 結果、更にだらしなくなった顔を一氏先輩に「うわ、キモいな」と素で言われたのでした。悲しい。

18/10/23
19/01/08 修正、公開
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