7月8日19時38分


 天狗に扮した眞島先生が薪に火をつけると、キャンプファイヤーのはじまりだった。
 おれたちの「もえろよもえろ」の合唱に応えるみたいに、炎はどんどん強くなってオレンジ色を増して、雲で覆われた新潟の夜にばちばちと勢いよく火の粉を巻き上げていった。幼稚園のお泊り保育以来のキャンプファイヤーに、おれはちょっと、でも確実に興奮していて、それはみんなも同じらしく、普段の音楽の授業じゃ真面目に取り組んだためしのない湊までもが大口開けて歌っていた。五年生一〇三人プラス先生十三人、計一一六人が一つの輪を作ってるってのは、そのうちの一人であるおれからしても、なんかアッカンだった。おれの向かいにいるやつなんて、女子だってことはわかるけど顔まではよく見えない。それほどでかい円。
 中心のキャンプファイヤーはぼうぼううなり声をあげて燃える。赤城おろしレベルで強い海風が時々吹いたりすると、悲鳴だか歓声だかつかない声と一緒に火柱もわあっとあおられた。でも怖くない。みんな笑ってる。まあ、正確には笑ってないやつもいるけど、それはそういうキャラってだけで楽しんでないのとは違う。この学年、このメンツと過ごしてもう五年目だ、それくらいはわかる。
「きもっ」
 ダンスタイム。今日この時のために学校でずっと練習してきた。まずはマイムマイムってことで隣同士手を握ったら、右側の杏樹に叫ばれた。
「慎太郎、手汗やばすぎ!」
 きーもーいー、とわめきながらおれから逃げるみたいに杏樹は体をそらす。でも手は離れないし、笑顔だ。おれは「うっせー」と口をとがらせてから、右手をぎゅぎゅっときつくもみしだいてやった。
「手汗攻撃!」
 いったいよ、バカじゃねーの、と絶叫しながらも杏樹はげらげら笑い転げる。よっぽどツボったのか、曲が鳴り出して踊っている最中にもやつの笑いはずっと止まらなかった。淡く暖色に照らされた横顔が、風船を破裂させたみたいにはじけている。こいつ頭わいたんじゃね、とおれは結構ガチで引いてたんだけど、次のジンギスカンに移って、左側の湊が曲に合わせて「ワハハハ」と声をあげだしたのを聞いちまったら、なんかもう色々限界が来て笑い地獄の方へと引っ張り込まれてしまった。腹筋をつりそうになるほど大笑いしながら、でもみんながそうやって変なテンションにはまっちまってるんだってことには、かろうじて活動しているおれの耳が教えてくれた。でこから噴き出した汗は首をつたって、お腹まで落ちた。
 突然、どん、と音がした。振り返ると、おれらと同じく臨海学校に来ている別の学校が、打ち上げ花火を炸裂させていた。緑色の光がぶわっと咲いて、ぱらぱらと散っていく。どよめきと歓声。おれらもダンスをやめて、それに見入っていた。火薬のにおい。
 先生そろそろ花火っ、とどこからかリクエストがあがる。先生たちもそれに乗っかって、みんなに手持ち花火を配り始めた。叫び声と笑い声はますます激しくなる。それにつられるように杏樹は、打ち上げ花火をぶちかました学校の方に身を乗り出して、声を張り上げた。
「かずまくーんっ!」
 それはみんなの声や物音や花火とキャンプファイヤーの火に、あっというまに飲み込まれてなかったことにされた。あっちの学校にいる、「かずま」とやらには絶対届いてない。でもすぐ隣のおれにはばっちり聞こえていたから、おれは杏樹をこっち側に引きずり戻すためにやつの馬のしっぽみたいな髪を掴んで、「手汗攻撃」を繰り出してやった。

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