7月9日10時27分


 スイカ割りよりビーチホースより、本郷さんとお話ししていたい。
 そんなことを考えたところで目の前の状況が変わるわけもなくて、るりは体育座りで、見たくもないビーチホースの決勝戦を観戦してる。孝樹と貴明のガチンコ対決となった決勝戦、二人は湿って灰色になった砂浜にうつぶせてスタートの合図を待っていた。でもるりはつまらない。だってこんなの、孝樹が勝つに決まってる。こういう勝負で孝樹が負ける場面を、るりだってみんなだって見たことないんだから。
 案の定、勝ったのは孝樹だった。みんなから歓声と拍手と口笛があがる。先生たちが用意した優勝景品のお菓子を高々と自慢げに掲げて、孝樹はにひひと笑っていた。千代ちゃんにひどいけがさせたくせに、許せない。でもみんなは、負かされた貴明でさえ孝樹に笑顔を向けてはやしたてていた。孝樹ってそういうやつだ。モテるけど、でもるりのタイプじゃあない。
 千代ちゃんはどう思ってるんだろう、と疑問に感じてテントの方に視線をスライドさせてみた。水着姿で小雨に打たれているるりたちと違って体操着の千代ちゃんは、さっき海難救助のデモンストレーションをしてくれたライフガードの人たちと一緒にいて、楽しそうになにか話している。その中には本郷さんの姿もあった。一秒前まで「千代ちゃんかわいそう」が支配していた心の中が、一瞬で「千代ちゃんずるい」にぬりつぶされてしまう。あわてて目を背けて、首を振った。「いやな子」になりたくない。
 臨海学校ってもっと楽しいところだと想像していた。でも実際来てみたら、建物は古いし、蚊にはたくさん刺されるし、みんなは隙あらば自分勝手なことをして集団生活を乱そうとするし、肝心要の海はあいにくの天気のせいか冷たい上に荒れて、プールの授業の時ほどにはうまく泳げない。泳力ごとに十個にわけられた班の、上から二番目のグループにせっかく入れたのに、これじゃ恥ずかしいだけだった。ここに来てから気持ちが前向きになれた瞬間なんて、さっきのデモンストレーションの時だけだ。
 ふいに、びたん、と背中になにかを叩きつけられた。鋭い衝撃と痛みが水着ごしに走る。振り返ると、ぐだぐだになったわかめをぶん回した湊が、るりの後ろに立っていた。
「なにすんの!」
 周りはビーチホースの表彰式に移っている。るりの抗議は、みんなが孝樹に送る拍手によって簡単に掻き消された。しゃがみ込んだ湊は、二度、三度とるりをわかめで殴ってくる。鞭で牛を追い立てるカウボーイみたいに。
「やめてってば!」
 湊の手首をつかまえて、耳元で怒鳴った。湊はあからさまに顔をしかめて、るりから身をのけぞらせる。本郷さんのたくましい腕とはまったく逆の、ひょろりと白い体。
「お前、いっつもうっさい」
 るりの手を振り払って、湊は立ち上がり海の方へと走っていく。フリータイムが始まって、みんなは泳ぎに行ったりサンドアートを始めたり、それぞれ動き出した。でもるりはお地蔵さんみたいに固まって、体育座りの姿勢から一歩も動けない。
 唐突に泣きたくなる。臨海学校もみんなも自分のこのキャラも、全部全部投げ出してしまいたくなる。
 別に、変わりたいわけじゃない。このキャラがいやなわけでもない。ただ、もしもこういう方法以外に、なにか別の道があってみんなと接することができるなら、一日だけ、一回だけでいいからそれを知りたい、と思う。るりじゃない、別の誰かになってみたいと思う。
 違う小学校の女子に腕を引かれて、本郷さんはるりたちから遠ざかっていってしまう。加奈ちゃんたちが声をかけてくれるまで、るりはじっと、その光景を目で追っていた。

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