7月9日16時19分
べちゃべちゃに湿って重くくたびれた大量の水着をすすぎにかける、僕の腰はもはや限界だった。
「マジで砂やべー!」
僕の隣で同じく洗濯係の仕事をこなしている慎太郎くんは、なにが面白いのか、さっきからずっと笑っている。臨海学校の玄関脇の水道、背後の海から吹きつけてくる風は慎太郎くんの髪先を揺らしていた。クラスの男子全員ぶんの水着は、すすぎ前とすすぎ済みで二つの山を僕らの狭間に作っている。
「もう腰痛いんだけど……」
「なーんだよ敦司、じじいじゃねんだからさー!」
そう言って慎太郎くんは、僕の肩をばしばしと遠慮も容赦もなく叩いた。中途半端に曲がったままの腰が、それによってさらに悲鳴をあげる。僕は一度伸びをしてストレッチ、その間にも慎太郎くんはぎゃははと笑いながら誰のかもわからない水着をしぼっていた。完全にハイになっているみたいだ。もしかしたら午後からの海水浴タイムで、杏樹さんとなにかいいことがあったのかもしれない。
体操着の半袖から突き出た腕は、僕も慎太郎くんも真っ黒に日焼けしていた。昨日はまだしも今日は小雨がぱらつくほどの曇天だったのに、紫外線はそんなことおかまいなしにばっちり活動しているらしい。もっとも、僕も慎太郎くんも四月から始まった放課後の陸上練習に参加しているから、そのせいもあるんだろうけど。
「げっ、これ湊の水着じゃん」
アタマジラミうつるっ、と騒ぎ立てながらも慎太郎くんは蛇口を全開にしてじゃぶじゃぶと洗っていく。僕はその横顔と、生地をつまむ指先をぼんやりと眺めた。水道から流れる水は海水よりもっと冷たく、慎太郎くんの手は真っ赤に染まっている。海の向こうに沈みかけた太陽が、橙色と桃色の中間みたいな色に空気をひたして、蛇口の上に僕らのシルエットを淡く落としていた。
「サボってんじゃねえっ」
突然、慎太郎くんが僕の顔面に水着弾を投げつける。僕はそれをもろに食らって、ぶっ、と変な声を出してしまった。慎太郎くんがまたげらげらとお腹を抱える。
「だっせー!」
僕は足元に落下した水着を拾って(湊くんの水着だ)、軽くすすぎ直してから山の一方に積んだ。いつのまにかすすぎ前の山は平野になっていて、僕が最後の一枚を手に取ると、平野は更地になった。塩辛いにおいのする、砂だらけの水着。学校のプールに入った後のものとは明らかに違って、でもこんな水着を洗うのも、明日で最後だ。
そう思ったら、僕はもっともっと慎太郎くんに笑ってほしくなった。
「えいっ」
すすぎ途中の水着を丸めて慎太郎くんに放ったら、それは彼の額に見事直撃した。びた、という激突音と慎太郎くんの「いてっ」という声が重なる。あはは、と僕が笑うと、慎太郎くんは一瞬だけ眉毛を吊り上げて、でもすぐににやと唇を歪めた。「やりやがったな」と戦闘態勢に入る。
このまま水着戦争に突入しちゃったら僕が負けるであろうことは目に見えているから、僕はすすぎ終えた水着の山を急いで抱えて、さっさと建物の中に退散した。待てっ、と言った慎太郎くんが僕を追っかけてくるのがわかったので、僕は三和土にサンダルを脱ぎ捨てると、三階の物干し場めがけて全力で階段を駆け上がる。老朽化した臨海学校はどんなに掃除をしたところで「ばっちい」感じが拭えなかったけど、裸足で踏むリノリウムの床は気持ちよかった。まあ絶対、足の裏はどす黒くなってるだろうけど。
敦司ーっ、と僕を呼ぶ慎太郎くんから必死になって逃げながら、僕は低学年の頃みんなとよくやったドロケイを思い出していた。水着のかたまりから水滴がしたたり続けて僕の足を打つ。口元がゆるむ。ふふ、と吹き出してしまう。あの頃から変わらず今日まで、僕と慎太郎くんって友達なんだなあ、と思って。
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