7月9日21時55分


 転校してきてよかったって、今、本当に、心の底から実感してる。
「せーのっ」
 由香里ちゃんと二人、声をひそめて顔を寄せ合って、布団の中に忍ばせていたおみやげを同時にお披露目した。私の手にはイルカの刺繍されたタオルハンカチ、そして由香里ちゃんの手には、私と同じタオルハンカチの、色違い。
 ひゃあっと声が漏れた。あわててお互い、口をふさぐ。耳を澄ましてみても、部屋に響いているのはみんなの寝息とさざなみの音、活発な虫が窓の外側に激突する、ばんばん、という音だけだった。ほっとして、息を吐く。由香里ちゃんと目を合わせて、あはは、と笑い合った。
「おそろいだね」
 ひそひそ話をするみたいに小さな声で、由香里ちゃんが言った。枕に頭をのせた由香里ちゃんは、普段は前髪で覆われているおでこを全開にして横たわっている。消灯時間を過ぎた部屋の中は真っ暗だけど、廊下の照明がドアの隙間からかすかに差して、そのおでこをぼんやりと白く光らせていた。
 臨海学校二日目の夜。この布団にくるまれて、由香里ちゃんと隣り合って眠るのも今日で最後だ。そう思ったら、体はくたくたなのに目がさえてしまって、それは由香里ちゃんも同じだったらしく、私たちは帰りのバスで披露するはずだったお互いへのおみやげを、一足早く見せ合いっこすることにした。部屋は二段構造になっているけれど、向かいの子たちも下の段の子たちも、みんなぐっすり眠ってしまっている。起きているのは東側上段のスペースを二人だけで使っている、私と由香里ちゃんきりだった。
 布団から手を出して、おみやげを交換する。由香里ちゃんが選んでくれた水色のハンカチはふかふかで、由香里ちゃんの体温がほんの少しだけ移っていた。
 別の市から転校してきた私を、やさしく受け入れてくれたのが由香里ちゃんだった。もう五年生で、その上この地域は幼稚園や保育園の頃から一緒に育った子が多いと聞かされていたから、いまさら私が入っていけるのかな、と不安に思っていた私に、由香里ちゃんは色々と教えてくれた。図書室の使い方の説明をしてくれたのも、二十分休みに一緒にお絵かきをしてくれたのも、総合の授業で同じ班になろうと誘ってくれたのも、全部全部由香里ちゃんだった。私の不安に反して、教室ではいろんな子が話しかけてきてくれたけれど、お母さんに「友達できた?」と訊かれてまっさきに思い浮かんだのは由香里ちゃんの顔だった。丸くて薄味、だけどすごくあったかい、由香里ちゃんの顔。
「ありがとう、加奈ちゃん」
 由香里ちゃんが微笑んだ。私も、ありがとう、と返す。枕元の鞄にハンカチをしまう、由香里ちゃんの唇はやわらかくほころんでいて、なんだか私はとてつもなく照れくさくなってしまった。由香里ちゃん、と早口で呼びかける。
「友達になってくれてありがとう」
 それを聞いた由香里ちゃんはさっと目を伏せて、だから私は、しまった、と焦った。おおげさすぎたかな、とちょっと後悔しかけたけど、由香里ちゃんはきゅっと一瞬唇を噛みしめてから、うつむいたまま言った。
「わたしの台詞だよ」
 長い髪が由香里ちゃんの表情を隠す。それからばっと顔をあげて、由香里ちゃんは私の手を包み込んだ。
「ねえ、赤ちゃん生まれたら、遊びにいってもいい?」
 私は由香里ちゃんの手を握り返す。私のお母さんのお腹の中には今、赤ちゃんがいる。
「もちろんっ」
 私がうなずくと、由香里ちゃんは頬をふっくらと持ち上げて、笑ってくれた。

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