7月10日16時6分
「ずるっ」
隣で座席にふんぞり返っていた孝樹が、突然、俺にすがりついて叫んだ。孝樹の視線の先、俺の手元にはスナック菓子とそのおまけ――俺たちが今必死になって集めているトレーディングカードシリーズとコラボした、スペシャルカードがある。蛍光灯に照らすと虹色にびかびか輝く、これは一番レアなカードだ。技の名前もかっこいいし、数値も超高い。
「なんでいっつもお前ばっかりいいカード出んだよ〜!」
ヒキョーだぞ、いかさましてんだろ貴明、とクソガキみたいに(いやまあ実際クソガキなんだけど)孝樹は駄々をこねる。うるせえなー、と適当にあしらってやっても、まるで意に介さない。孝樹のわめき声は、臨海学校からの帰路を爆走するバスの中に、やたらとでかく鳴った。向こうを出発したばかりのうちはいろんなやつの話し声でうるさかった車内が、今はほとんど静寂に近くなっている。三分の二は熟睡中、起きているやつらもうとうとしていたり、周りを気遣ってかぽそぽそとひかえめにしゃべったりしていた。なんにもかまわず大騒ぎしているのは、孝樹だけだ。
「なあなあなあなあなあ」
しばらく俺のことを「クソ野郎」だの「スカポンタン」だのと罵っていた孝樹が、ふっと居住まいを正して俺を揺さぶった。大人やクラスの女子には効果てきめんの(俺には効果ゼロの)、計算された「甘えた顔」で、上目遣いに俺を見る。
「それくれよ。いやくださいっ」
孝樹がばっと頭を下げると、わずかに西に傾き始めた太陽が、その後ろから顔を覗かせた。高速道路とバスのタイヤがこすれる、ごう、という音が、くっきりと俺に迫ってくる。
強烈すぎて痛いくらいの太陽光線に網膜をやられた。思わず目を細めた、その、油断したほんの一瞬に、俺の中にくすぶる余計なもんがむりやり引きずり出されてしまう。じゃあ、と反射で口にしていた。運動会でもマラソン大会でもいい、なんでもいいから、俺をお前に勝たせてほしい。
孝樹のそばにいると、時たま、自分がものすごくいやなやつに思える瞬間がある。クラスのどまんなかにはいつも大体孝樹がいて、男にも女にも気軽にどつきどつかれて、授業中なんかまっさきに挙手をして、それがウケねらいのふざけた回答でもみんなに笑って許してもらえる。そのくせ体育ん時だけはマジな顔になったりして、言葉なんかなしに周囲を引きしめてしまえる。その全部、孝樹の持っている全部が、俺には持てないものばかりだ。俺が漠然と「ほしい」と願うものすべて、すでに孝樹は持っている。孝樹だけが。
なのに孝樹は、そういう俺を見下すでも軽んじるでもなく、「ダチ」として普通に振る舞ってくれる。それも、孝樹にとって一番の「ダチ」として。俺は、孝樹にどうやったって勝てない自分がウザすぎていやすぎて、「孝樹さえいなければ」なんて八つ当たりにも似た感情を湧き立たせてしまうことだって、あるってのに。
「――じゃあ、なんだよ」
我に返る。真顔の孝樹の両目が、すとんと俺を射抜いていた。言うべきことを見つけられずに沈黙してしまった俺の、股間にさっと、孝樹の手が添えられる。
「なんなのよ貴明く〜ん」
そう言って「そこ」をもみもみし始めた孝樹から、逃げるすべはなかった。シートベルトはしっかりと俺の腰回りを固定している。同時に脇の下もくすぐられた俺は、ぎりぎりまでこらえたけど限界突破、げらげらとツボに叩き落とされてしまった。おりゃおりゃ、とつぶやいていた孝樹も、つられたように笑い出す。二人して身をくねらせながら爆笑していると、孝樹の膝の上、ナップザックが目に飛び込んできた。ファスナーの部分には、ゲームに登場するみたいな剣にぐるぐると体を巻きつけた、ドラゴンのキーホルダーがぶらさがっている。観光地の土産物屋にはどこにでもあるような、例のアレだ。でも俺も孝樹も昨日のおみやげタイムで、上限二千円の貴重なおこづかいを奮発してそれをゲットしてしまった。かっちょいいんだからしょうがない。
思い出す。俺が自分と同じものを買っていると知った孝樹は、「マネしたわねっ!」なんて唇をとがらせて俺の脇腹を乱れ突きしてきた。偶然だっつの、と俺がいくら弁解してもガン無視、その後の室内レクでトランプをしている間中もずっと、「貴明がオレのこと好きすぎてきもい」と周りに言いふらしていたのだった(そういう発想するお前の方がきもい!)。
その、ある意味じゃ因縁のキーホルダーを、こいつは平気で鞄につけたのだ。そこに深い理由なんてきっとない、でも俺はそういう孝樹を、やっぱいいな、と思ってしまう。むかつくけど面白いやつだし、なんだかんだ班長とかやってくれて頼りになるし、ミニバスの試合中に発する鋭くて真剣な雰囲気はちょっと、結構、ぶっちゃけかっこいい。
「あっ」
窓を差し示した俺の指先を追うように、孝樹は振り返った。その隙に俺はやつのナップザックにカードを滑り込ませる。
「なんかあったん?」
こっち側に顔を戻した孝樹に向かって、俺は歯を剥き出しにして、にひん、と笑ってみせた。
「やんねーよバーカ」
ケチくせーっ、と暴れる孝樹にチョップを繰り出して対抗する。ひゅんひゅん、と小突き合っているうちにまた笑いが込み上げてきて、二人そろって大爆笑した。
「脚が長いからって生意気なんだよ!」
「知らねーよ!」
短足になれ〜、と俺の太腿に謎の呪いをかける孝樹、それを全力で追い払う俺。しまいには眞島先生から「静かにしろっ」なんてオシカリが飛んできたけれど、でもそんなことすら二人一緒だと楽しかった。
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