枯れ落ちた花の話


列車が走る道すがら窓辺に目を向け記憶を辿るも最後に泣きそうな顔をして手を振った人に見覚えはなかった。

綺麗な薔薇を贈られてきっといい気になっていたのね、こうして他の人の物になってから気づく自分の気持ち。

私の名前を呼ぶあの人の声が遠くから聞こえた気がしたけれど、こんな場所に来るはずないから勝手に作りあげた幻聴に違いない。

魂が彷徨うといわれる霊園に足を向けた理由はどうしても私の前から消えた貴方に一目でいいから会いたいと願ったからでしょうね。

窓辺の向こうにふと見えた庭園はあの日、君とかけっこをしたもう薔薇の花が咲くことはない枯れ園。

美しい着物の袖に隠されたのは君だけには気づかれたくなかった浅ましいどろりとした企み。

黒より暗い漆黒の花が咲き乱れる花園で赤黒い薔薇を手に持つ人は涙をぽたりと落とした。

貴方が去った後に残されたのは生き場を失い途方に暮れる汚れきった私と私の中に生まれたみにくい欲望。



ペルソナと鏡像


出会った時は運命ですねとはにかみながら微笑んだ君が最後の時は冷酷な目つきで無表情の仮面を身につけ私を見下ろした。

全部、全部出会ってから今までの記憶をすっぽりと頭から抜き去ってしまった私は君がどんな顔をしているかも知らずに背を向けた。

嘘つき、嫌い、そんな言葉は本心じゃないと分かっているくせにすべてを包み込むかのように諦めた顔をした貴方は私にさようならと一言告げた。

私は嘘つきなのよと言ったでしょう、そうして艶やかな口角をつり上げ今まで見せたことのない彼女に一番似合う笑みを浮かべた。

偽りの心は疑惑を生み、その疑惑は火種となって一番大切なものに降りかかると呪いの言葉を吐きつけたのは一体誰だっただろうか。

先に裏切ったのは私だからいつかはこうなるって覚悟はしていたけれど、いざとなったら泣きたくなるのね。

突如現れた貴方に何度も目をこらしたが、見たことのないような笑みで私の知らない人に微笑みかける姿が幻ではないことを悟らせるには時間はかからなかった。

冷淡で無表情な顔をしながら平気で他人を見下す君を嘲りを込めてみな鬼の子と呼んだが、君はまったく気にしなかったね。



地獄に咲く青い花


あの寝覚めの悪いどろどろとした真実は過去に置いてきたはずなのに、なぜ今になって突然現れて苦しめるのか。

きっとこれは夢なのだろうと青い花びらがひらひらと舞い散る様を見ながら霧がかかった頭の中でぽつりとつぶやいた。

責任は誰にあったのか、過去に縛られたまま一歩も動けない人々が口々に叫ぶ中で一つだけ私に分かる事実は誰も何も知らないということ。

永遠の呪いを受けた子どもは無意識のままその禁忌の力を使い、輝きを放った力は虚空へと消えていった。

その願いを叶えるためには代償が必要だよと甘い誘惑にまんまと騙され、彼女はそんなちっぽけな願いを叶えるために大きな代償を支払わされるとも知らず無邪気に頷いた。

いつまでもその愛が続くわけがないと分かっていたはずだったのに、案の定枯れ落ちた愛は戻らず、挙げ句の果てには涙も枯れ果てた。

天国や地獄やらがあるとすればこんなに私を傷つけた貴方が行く先はどちらなのかわかりきってる話だね。

蒼穹の炎が包むのは忘れたかった過去の亡霊。



呪いの子が得た物


すべてを失ってから得た物に幸せを見いだすことが出来たけれど、この幸せを壊さないでと願う気持ちはただの傲慢でしょうか。

君の瞳の奥にうつるのはどんな未来だろうか、ただ一つ言えることは悪魔のような呪われた過去は捨ててしまいなさいということ。

過去の罪は永遠に消えることはないと分かっていたはずだったのに、どうして夢を見てしまったのでしょうか。

禍々しいあの声がもう永遠に届くことはないと本当の意味で悟ることが出来たのは棺が灰となって消えたとき。

葉巻を加え優雅に煙を燻るその姿に懐かしさと同時に過ぎ去ったほろ苦い過去を思い出さずにはいられなかった。

かつて魔女と言われ恐れられた女が行き着いたのは、何にもない幸せな時間が流れるただただあたたかい村だった。

君のように死ねるのならそれでいいのかもしれないと薄く笑ったあの人の肩に亡霊となった私はそっと手を置いた。

地獄に一緒に落ちましょうとすべてを諦めたかのように僕の首に手をかけた君を振り払い、濡れるのも構わず雨の中をひたすら走り続けた。



貴婦人が並べた芳香


雨の降りしきる中で男は一人傘を差さずに俯いていたが、ふと鼻孔をくすぐった金木犀の香りに誘われるかのように顔をあげたもののその花を見つけることは出来なかった。

ぶちまけられた香水の匂いがあたりに充満し、顔をしかめようとしたが目の前に悠然と座る貴婦人を思い出し慌てて笑顔を取り繕った。

懺悔の言葉は聞き飽きたとそう言って男は吐き捨てるかのように冷たい眼差しを向けて部屋を後にし、そしてもう二度と扉を開けることはなかった。

人類が足を踏み入れてはいけない禁断の場所に立入った者はそれがどこの誰であろうとなにか大切な物を失ってしまうのだと噂に聞いた。

涙を流すつもりなんて微塵もなかったのに頬を無造作にぬらす様を見て彼はそっと困った笑みを浮かべあたたかなその手で拭ってくれた。

真っ暗な部屋に足を抱えて縮まるその様子を見た宇宙人は君をいつか宇宙へと連れて行ってくれるはずだよ。

未亡人がつむぐ艶やかなその言葉は、己の思考回路に入ることはなくただ無意識にこくりと頷かされただけだった。

一体自分は誰なのだろうかと己のことが分からなくなったとき、自分が自分になるために唯一残された名残を取り出し大きく深呼吸をするのが日課。


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