「あれ? 日向のところにベッド二ついってる」
 新居に越してきたその日、自分の部屋にベッドがない事を不思議に思い、日向の部屋を覗くと案の定ベッドが二つ並んでいた。「引っ越し屋さん間違えちゃったのかなぁ」と呟き
「日向ー、ちょっと手伝ってー」
 と彼を呼ぶ。ベッドを運び出すのに流石に一人だと骨が折れる。すると、台所の方から「はーい」と声がして、足音が近づいてきた。目が合うと日向はおずおずと笑う。
「あの……ナマエちゃん、日向って呼ぶのはちょっと……」
「あっ……そうだった。ごめん、翔陽くん」
 私は頭の中で翔陽くん、翔陽くんと繰り返す。
「ナマエちゃんももう日向なんだからねー」
 翔陽くんは頬を膨らませながら言った。今日はそんな幸せの始まりの日。
 気を取り直して私は翔陽くんの部屋にあるベッドを指さす。
「あのね、日向の、じゃなかった……翔陽くんのところにベッドか二ついっちゃってるの。私の寝室に運ぶの――」
「あぁ、それ俺が頼んだ」
「えぇっ!?」
 翔陽くんはあっけらかんと告白する。
「睡眠の質が下がるから寝室は別々にしようって言ってたじゃん」
「いや、そうなんだけどさ、やっぱ夫婦で別々は嫌なんだよ」
 と、翔陽くんは唇を尖らせた。
 以前にこの会話をした時、「分かった」と言った翔陽くんが露骨に不満な顔をしていたのを思い出す。そして、引越し屋さんが来る時間をやたら早い時間に設定し、「俺が立ち合うからナマエちゃんはゆっくり来ていいよ」と言った翔陽くんの笑顔のわけを悟った。
「普段あれだけ睡眠がーとか食事がーとか言ってるのに」
「でもまだ一緒に寝たからって睡眠の質下がるかどうかはわからないだろ。ベッドは別々なんだしさ」
 翔陽くんは頭の後ろで手を組みながら歯を見せて笑う。そして、
「それにもうベッドは俺の部屋に二つ入れちゃったんだしさ」
 と付け加えた。


 そんなこんなで、日向家にはベッドが三つある。私の部屋に一つ。翔陽くんの部屋に二つ。
「これなら俺の睡眠の質も確保できるし、一緒にも寝られるだろ」
 翔陽くんは自慢げに笑った。