ミョウジはまだ、どこか他人行儀だ。
 今日だって体調悪そうにしていたのに、しんどいの一言も言ってはくれない。頼りにして欲しいと思うことは傲慢だろうか。俺ができることは少ないと分かっている。けれど、少しのことでさえできるのであればしてやりたいと思うのだ。

「今日しんどそうだったもんな」
 そう言うとミョウジは驚いたかのように目を見開いた。
 気づいていないとでも思っているのだろうか。その距離感がもどかしい。少しづつでいいから近づきたい。どれほど俺がミョウジのことをおもっているのか。少しづつでいいから伝えたい。
「ミョウジ、ちょっときて」
 俺はミョウジを誘って人通りの少ない廊下へと向かった。ミョウジは寒そうに肩を上げている。その寂しい首もとに俺は持っているマフラーを巻いた。風邪のせいか熱い彼女の吐息が手にかかる。そして、勇気を引き出すように拳を握りミョウジの唇に触れた。
「ついでに俺に風邪移せよ。俺すぐ治るから」
 踏み出した一歩が怖くないといえば嘘になる。唐突過ぎたかもしれないと後悔する気持ちもあった。けれど、ミョウジが驚きながらも嬉しそうに笑うから。「ありがとう」とその気持ちを伝えてくれるから。やっぱりミョウジが好きだと思った。

 それから土日を挟んで月曜日、俺は結局風邪を引くことはなかったし、登校途中に出会ったミョウジはマスクをしておりやはり辛そうに咳をしていた。
「西谷くん、これありがとう」
 互いにおはようと挨拶を交わした後、そう言ってミョウジから貸していたマフラーを差し出された。「今日は自分のを持ってきたから」とミョウジは首元に巻くマフラーを指差す。少し切ない気持ちになった。ずっと持っていてくれても良かったんだ。
「おう」
 そう言って渡されたマフラーを受け取ろうとする。するとそのマフラーは引っ込められた。
「……巻いてあげる」
 ミョウジを見ると顔を真っ赤にしているし、マフラーを握る手は震えていた。
 やばい。口元が緩む。
「おう! 寒くないようにしっかり巻いてくれ!」
 ミョウジはぎこちなくマフラーを持った手を俺の首に回す。あまりに真剣な顔をして俺の口元でマフラーを結んでいるから、可笑しくて。愛おしくて。思わずその指先に唇を落とした。
「ひゃあっ」
「なんだその声」
「ごめん。びっくりして……で、でも嫌じゃないよ」
 ミョウジは顔を赤くして目を泳がす。
 ああ、好きだ。好きだ。だから、少しづつでいい。少しづつでいいからその距離を埋めたい。