※死ネタ※

 夕くんの手は私と同じくらいの大きさだったけれど、初めて手を繋いだ時そのたくましさにやっぱり男の子なんだなぁと思った。少し骨ばっていて、暖かい手。それは初めて一緒に出かけたお休みの日のことである。乱暴に掴むように繋いでくれたことがとても愛おしかったことを今でも覚えている。その時見た夕くんは男前に顔をしかめていたが、耳まで赤くなっていた。
 
 二度目に手を繋いだのは、その翌日の学校帰りだったと思う。うるさい鼓動の中で、一生分くらいの勇気を振り絞り私から手を繋いだ。夕くんはこちらを見て驚いたかのように目を見開いていたけれど、その大きな目はすぐに嬉しそうに細められた。

 三度目はいつだっただろうか。もう覚えていない。いつの間にか二人でいる時はどちらからともなく手を繋ぐようになっていて、時折お店のガラスに映る当然のように繋がれた手は、とても大きな幸せを感じさせた。私はいつまでもそうやって夕くんの隣にいられるものだと信じてやまなかった。

 もし、夕くんに「夕くんのそのたくましい手は何度も私を救ってくれた」といえば、夕くんは大袈裟だと笑うだろうか。例えば、私が初めて倒れそうになった時のこと。宙に浮かんだ心地で倒れゆく私の体をその手はしっかりと支えてくれた。例えば、積もる恐怖に震え閉じこもってしまいそうになった時のこと。その手は私を引いて広い青空のもとへ導いてくれた。挙げればきりがない。一度は、そんな夕くんを突き放したことがあった。お互いのためだと言い聞かせて。けれど夕くんは、その手で私の震えた拳を包み込み、大丈夫だから心配すんなと笑ってくれた。その時、夕くんの手から伝わる熱が、私の心の中にある大きな黒い塊をゆっくりと溶かしていくのがわかった。

 私は病院の硬いベッドに横たわり、白い天井を眺めていた。手には夕くんの握る感覚があった。その骨ばった暖かい手は、少し、痛いくらいに私の手を握っていた。

「心配ねえよ」

 夕くんはそう言ってぎこちなく笑った。

「うん、ありがとう」

 私もちゃんと笑えていただろうか。もう、瞼が重たかった。

「ごめんね、夕くん……眠たくなってきた」

 私が言うと、夕くんの私の手を握る力が更に強くなった。

「おう……じゃあ、また明日な」

 夕くんはそう言ってまた顔にくしゃくしゃな笑顔を作ってみせた。私も釣られて「うん。また、明日」と、言ってしまいそうだった。いや違う、本当は言ってしまいたかった。けれど、私は開いた口を閉じる。もし、その言葉を口にしてしまえば、きっと夕くんは来るはずのない明日を本当にずっと待ち続けてしまうだろうから。

「また、明日じゃないよ」

 声が情けないくらいに震えた。泣かないと決めていたのに、涙が伝って落ちた。そうだ。私たちはもう。

「さよなら、だよ」

 夕くんが悲しげに眉を寄せる。そんな顔をさせたかったわけじゃない。夕くんには、ちゃんと、明日が待っているのだから。ちゃんと、前を向いて生きてほしかったから。だから、さよならを言った。私は笑顔を作り直す。けれどもう、吐いた息は声にならなかった。重たかった瞼に従うように瞳を閉じる。そこは真っ暗闇だった。けれど、夕くんの握る手の感覚だけが私を不安から引き上げてくれた。夕くんの私の名を呼ぶ声がきこえる。その叫びに似た声は、何度も何度も私を呼んでいた。
 どうか、そんな悲しそうな声で私を呼ばないで。私は怖くないのだから。夕くんのおかげで、こんなにも穏やかなのだから。だからどうか、夕くんは……
 言葉にできない代わりに、握られていた手に力を入れる。
 どうかちゃんと握り返せていますようにと願いながら。





さよなら