「この辺で大丈夫、送ってくれてありがとう」
 私はそう言って立ち止まり、及川くんを見上げる。今日は及川くんとの初めてのデートだった。互いに繋いでいた手は離される。人通りのない道。「じゃあ、また明日」と言う私を及川くんはじっと見下ろした。
「キスしてもいい?」
 突然の提案に私はかぁっと顔が熱くなる。こう言うことをさらりと言ってのけるのは流石だと思う。今日だって、手を繋ぐのは初めてだったのに及川くんは慣れた様子で手を重ねてきた。強ばる私を見て余裕のある笑顔を零す及川くんは本当に憎らしい。
 このたらしめと思いながら、私は無言で頷く。そして、高なる鼓動の中、及川くんの顔が近づくに合わせ瞳を閉じた。
 ――ん?
 私は、頬に触れる柔らかな感触に目を開ける。及川くんの唇が私の頬に触れていた。
 及川くんが離れる。
 何か想像していたのと違うと思い、じっと及川くんを見上げると、視線が合う。及川くんはさっと目を逸らし、隠すように片手で顔を覆った。
「…………ごめん……チキった」
 指の隙間から見える及川くんの顔がほのかに赤いように見える。
「え、あ……うん、大丈夫、大丈夫だよ」
 思わず頬が緩む。すると及川くんは指の隙間から恨めしそうに目を覗かせて「そんな顔で見ないで」と私の鼻をつまんだ。
「い、いたい……」
 涙目になる私に及川くんは拗ねた様子で言う。
「もう一回トライしていい?」
「いいよ」
 そう言ってもう一度瞳を閉じると、今度は触れるだけの優しいキスが唇に落とされた。