小指を交わらせながら、額を合わせて向かい合い、口に大きな弧を描く。
「ずーっとずっと一緒にいようね!」
 それはよくかわされる子供の戯れだった。けれど未だその記憶は鮮明で、ちくちくと胸を刺す。その度に伸ばした腕を、君は知らないんだろうね。


 唯、家が隣同士というだけで、幾度となく一緒に歩いて帰った道で、その日は突然訪れた。
 それは、下校前に見た二人の姿の所為だった。ナマエが嬉しそうに笑って、岩ちゃんを見上げていた。その甘くも酸っぱいような雰囲気は、「帰るよ」と、こちらが声をかけるのを躊躇うほどだった。
 結局、近づく俺にナマエが気づいて、駆け寄ってきてくれたのだけれど。
 もし、ナマエが俺に気づかなければ、俺は、果たして、あの時のナマエに声をかけることができたのだろうか。
 だから、俺は隣を歩く君に、未だ捨てきることの出来ない愚かな期待を抱いて言ってしまったのだった。

「ナマエちゃんはさ、岩ちゃんが好きなの?」

 きっと、君がまだ、子供だと信じていたかっただけ。「そんなことないよ」という無意味な言葉が欲しかっただけ。
 しかし、君の反応はいとも簡単に俺の期待を裏切った。
 君は立ち止まり、視線を落としてみるみる頬を赤く染める。それは耳をも覆うほどだった。
 そんな顔を、俺は一度だって見たことがなかった。
 あの頃の記憶が胸をひっかく。握った拳はまるで無力で、それでも、作った笑いを顔に張り付けて放った言葉は背一杯の悪あがき。

「ナマエちゃんには無理だよ。岩ちゃんにはね。ナマエちゃんが岩ちゃんを好きになるずーっと前から、好きな人がいるんだから」

 それが君だっていうことは、勿論、知っていたのだけれど。
 君は悲しげに唇を噛む。その瞳に涙がたまっていることは容易に想像できた。
 本当はこんなことがしたかったわけじゃない。こんなことがしたかったわけじゃなかったんだ。今すぐに止めればいい。「嘘だよ」とたった一言言えたなら、何事もなかったかのように元に戻れたかもしれない。明日も一緒にこの道を歩いていたかもしれない。
 けれど、そんな日常を代償に君の気持ちを壊せるなら、それでもいいと思う自分がいた。

「あれ?泣くほど岩ちゃんのことが好きだったの?」

 茶化すように吐いた自分の言葉に胸が締め付けられる。
 それからの君の動きはまるでスローモーションのようによく見えた。
 君は顔を上げる。その反動で瞳から一粒の滴が零れ落ちた。ゆっくりと頬の曲線に沿って滑り落ちる。
 ああ、綺麗だとその頬に触れようとした時。
 俺はようやく君の冷たい瞳に気づいた。

「徹のばか!もう、ほっといてよ!」

 そういいきるや否や、君は走り去っていった。

「ナマエ!」

 慌てて伸ばした腕は、宙をきる。そして、どんどんと離れていく君を、どんどんと小さくなってく背中を、俺は追いかけられるほど、強くはなれなかった。
 あんな顔をさせたかったわけじゃないのにと、零れたのは、溜息。行き場のなくなった手に拳を握った。


 例えば、あの頃に、戻れたのなら。この手は君に届いていたのだろうか。
 それは切なく甘い記憶。反芻すればするほど、胸をえぐり、ぐちゃぐちゃにかき乱す。
 いっそすべてを忘れることができたのなら、もっと楽になれたのだろうか。
 彼女の柔らかな笑顔を思い出す。
 
「ずーっとずっと一緒にいようね!」

 額を合わせて誓ったその言葉。
 その言葉が永遠であることを信じて疑わなかった日々。
 分かってる。忘れるなんてこと、できる筈がないから苦しいんだ。