大人しく二口くんについていくと、人気のない体育館裏に着いた。体育館にはもう何人かバレー部員が来ている筈なのに、そこはしんと静まり返っていた。
「なんで呼ばれたかわかってますよね」
二口くんが腕を組みながら私をまっすぐ見つめる。
いえ、全く分かりません。そう言いたいのは山々であったが、二口くんの笑顔が私にその言葉を口にすることを思い留めさせる。
こういうことはいつだって初動が大切だ。ここは素直に謝るべきか。しかし、謝ったところで何についていっているのかさっぱりわからないのだからぼろが出るに決まっている。
どうしよう。どうしよう。私がそうやって目を泳がしていると、二口くんは呆れたようにため息をつき、一歩ずつ近づいてくる。私はそれに合わせて思わず後ずさる。すぐに背中には冷たい体育館の壁の感触が伝わった。二口くんが私を見下ろす。流石は伊達工の鉄壁と言うべきであろうか。その高い頭上から落とさせる視線に私は蛇に睨まれた蛙の気持ちを知った。
これ以上後ずさることが出来ない私の顔の横に二口くんは片手をつく。その勢いにびくりと体が震えたが、二口くんはそれを無視し、鼻と鼻の先が触れそうな距離までぐっと顔を近づけた。彼の吐息を感じられるほどに。綺麗な瞳だ。覗き込む私が写っている。
そんな状況じゃないと分かっているのに、顔が熱くなる。首から汗が滴るのがわかった。すると、何を思ったのか二口くんがその首筋に唇を落とす。
「やっ……」
二口くんの冷たく柔らかい唇が触れ、暖かい舌が伝うのを感じた。少しくすぐったい。漏れる声を隠すように唇を噛んだ。
「可愛い」
二口くんはそういって上目遣いで私を見上げる。いつもは上にあるはずの目線には妙な色っぽさがあった。私はそんな二口くんにようやく「なんで」と。どうして自分がこんな目に合っているのか。その理由を探る言葉を絞り出す。
「わからないの?」
「……分かりま、せん」
私の逃げるように逸らした視線を二口くんは追いかける。逃げ場なんてどこにも無い。すると、「そうだ」と、二口くんはまるで何か思いついたかのように呟いた。
「ねえ、ナマエさん」
嫌な予感がした。二口くんがぺろりと下唇を舐める。この人はこの状況を楽しんでいる。そして、どうすればもっと楽しめるか。その頭脳はいつだってこういうくだらないことに発揮されるのだ。
私は初動に失敗した。二口くんは笑う。
「なんで俺が怒っているか、分かったら放してあげますよ」
その笑顔はひどく無邪気で、純粋で。
だから、私、何も心当たりないんですけど!
二口くんは怒っている