バレーをしている侑くんを好きになったけど、侑くんがバレーばかりなのは寂しい。
 だからといって巷でよく聞く「バレーと私、どっちが大事なの」と言う質問はしたくなかった。こんなことを言えばそれこそ終わりだ。侑くんの返答は容易に想像できる。良くて、怒りながら「そんなん比べるもんとちゃうやろ」、悪くて、冷めた目をして「バレーに決まってんやろ」。
 少し我慢すれば良いだけの話なのだ。私は侑くんが好き。侑くんも私が好き。それで良いじゃないか。
 だけど、寂しいという気持ちが少しずつ、少しずつ降りしきる雪の様に積もっていった。


「侑くんのバレーを見るのは好きだけど、一緒にいられる時間が少ないのは寂しいな」
 つい、ぽろりとこぼしてしまったお昼休み。言い終えてからしまったと心臓が跳ねる。
 お昼はいつも侑くんと一緒だ。唯一二人きりになる時間といってもいい。いつもの様に食事をして、他愛のない会話をする。時折「ナマエちゃんはかわえーなー」と言って抱きつかれ、嬉しい反面周りの視線が気になるお昼休み。週末の練習試合の話題が出た時に、つい口を滑らせてしまった。
 私は自分の言った言葉を必死に思い出し反芻する。
 大丈夫。変なことはいってない。でも「そんなん知らんわ」と言う侑くんの顔が浮かぶ。それはちょっと悲しい。
 私は全身で自身の鼓動を感じる中、制服の裾を握り、そろりと侑くんの顔色を伺った。
 良かった。怒ってはいないようだ。
 侑くんはきょとんとした顔でこちらを見て首を傾げる。
「ほな、一緒に暮らす?」
 まさかの発言に面食らった。
「え、いや、高校生のうちは無理なんじゃないかな」
「そうやんなー……」
 侑くんは腕を組んで考え始める。時折唸る声が聞こえた。
 何を考えているのだろう。案外こう言うこと言っても平気なんだと思った時、侑くんは何かを閃いた様に「せや」と声を上げた。
「卒業したら一緒に住も。これで解決や」
 侑くんは自慢げに笑う。
 それも無理なんじゃないかなと思ったし、仮に一緒に住めたとしてもその家で一人寂しく侑くんを待っている自分の姿がありありと想像できたので解決とは言い難いのだけど、侑くんの言葉が卒業しても一緒やでと聞こえて嬉しかった。
 侑くんが私の手を握り「ナマエちゃんと一緒に生活するの楽しみやー」と笑う。私もその大きな手を握り返し「そうだね」と微笑んだ。


「でなーナマエちゃんがそう言うから俺ら卒業したら一緒に暮らすことにしてん」
 その後、部活前にたまたま一緒になった治くんと角名くんに侑くんは嬉しそうにその話をした。私はきっと浮かれていたのだと思う。少し恥ずかしかったが内心満更でもない気分でその話を聞いていた。
 黙って話を聞いていた二人は顔を見合わせる。そして、侑くんに向き直る頃にはその瞳は酷く冷めており。
「アホちゃう」
「馬鹿だよね」
 二人の言葉が重なった。
「なんやと!?」
「そもそもそう言う問題とちゃうやろ。なーナマエちゃん」
 治くんが私を見る。さっきまで頭の中でお花を咲かせていた私は苦笑する他ない。
 そうです。そもそもそういう問題では無いのです。
「もうこんな馬鹿止めて俺に乗り換えなよ」
「乗り換えって。角名くん言い方」
「俺だったら寂しい思いさせないよ」
 あ、多分それが正解と言いかけて飲み込む。角名くんがさらりと言ったそれが恐らく本当の解決策だ。
「ちょっ! 角名!! どさくさに紛れて人の彼女口説くな!」
 こちらに気づいた侑くんが噛みつきそうな勢いで角名くんを睨む。そして「誰にも渡さんぞ」と私を抱きしめた。
 きっと私たちの前途は多難だ。