倫くんの部活がオフだと言うその日の放課後、私達は誰もいない教室で机を挟んで向かい合い座っていた。
 夕暮れにはまだ早い春の教室。窓が開いているのか涼しい風が舞いこんで、桜の香りと共に運動部の掛け声を運んでくる。
 私はひんやりとした机に突っ伏して顔だけ上げて倫くんを見上げた。
「倫くんって私といる時は無表情だけど、友達といる時は結構笑ってるよね?」
 ずっと気になってたこと。心に引っかかってたこと。
 倫くんは興味なさげに「そう?」と言いながら私の髪を摘み、指に絡め始めた。
 そう言うところなんだけどな。
 私は少し泣きそうになりながら倫くんのその色のない表情を眺める。
「なんか……不安になる」
「どうしたらいい?」
 もっと笑ってよなんてことは無理なことだとわかっている。だから
「もっと、思ってることとか、考えてること教えてほしい」
 私がそういうと、倫くんの吊り目がちな目が僅かに細められた。
「ナマエ、可愛い……」
「え、あ、ありがとう」
 突然の言葉に口籠る。そう言うのが欲しいわけじゃなかったんだけど、そういうのはそういうので嬉しかった。
 私も単純だなと思いながら赤くなる顔を隠すように腕の中に顔をうずめる。倫くんは相変わらず私の髪をクルクルと指に巻いていた。その優しく引っ張られる感覚が心地いい。
「本当に可愛い……後ろからずっと抱きしめていたいし、常に持ち歩きたい」
「あ、ありがとう」
 続いた言葉に私は更に顔が熱くなる。嬉しい反面、照れ臭くて顔を上げられない。
「あと後ろから抱きしめているときに、どさくさに紛れて胸とか触ったらどんな反応するか見てみたいし」
 ――――はい?
「なんなら無茶苦茶になるまでおか――」
「ま、待って! ……待って!」
 私は慌てて顔を上げる。顔は湯気でも出ているんじゃないかと思うくらい熱かった。倫くんは指からするりと逃げていった私の髪を目で追って、そのままぽかんとこちらを見る。
「途中から変だから……! おかしいから……!」
 倫くんは髪を絡めていた指をそのままにして首を捻る。
「だってさっき考えてること教えてって」
「や……そうだけど……」
 そうじゃないと心の中で叫ぶ。すると倫くんは僅かに視線を落とし「でもさ……」と口を開く。
「無表情って言うけど、こんなこと考えながらににやにや笑ってたらキモくない?」
「………………いや、無表情でも相当だと思う」
「……」
 この後私は真顔の倫くんに両頬をめいっぱい引っ張られた。