※侑落ち
なんとなくナマエちゃんはサムのことが好きなんやろなーと思ってた。俺と話す時はつまんなそうにそっぽ向いてるのに、サムと話す時はようわろとったからな。
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ゲームのコントローラーがカチャカチャと音を立てている。
大きなテレビの前であぐらをかき、サムと並んで半ば作業のようにやり慣れたそれをプレイしてた。
「サム、多分ナマエちゃんお前のこと好きやで」
あ、言ってもうた。そう思った時には、もう遅かった。一度口にしたものは飲み込んだりでけへんからな。
なんでこんなこと、言うてもうたんやろか、と、一瞬、思ったけど、多分、はっきりさせたかったんやと思う。ナマエちゃん、サムのこと好きなんかな、そうなんかなって思っとったけど、ほんまのところは分からんままやったからな。こういうんはもどかしくて辛いんや。もしかしたら、サムのことが好きっていうんは俺の勘違いかもしらんって思ってまうもん。でもちゃうって分かっとるから勘違いしてまう度に傷つくねん。せやから、全てをはっきりさせて、現実を受け入れたかったんやと思う。
それなら、ナマエちゃんに直接聞けやって感じやけどな。でもそれは無理や。ナマエちゃんになんて言われるか分かっとっても実際に言われるってなったら怖いもん。
それで、恋のキューピッドやるついでに、俺の恋を終わらせようと思ってん。
サムもナマエちゃんのこと好きやろうからな。双子やから、その辺はよう分かる。こいつはへぼいから二の足踏んどるんやろ。あとは、誰かが二人の背中を押したったら、もう、終わりっていう状況やった。ってなわけで、今俺がナマエちゃんの気持ちをサムに伝えてもうたから、全部終わってもうたんやろな。
サム、なんて言うやろか。
相変わらず、手の中でカチャカチャと安っぽい音を鳴らしながら、画面の中のサッカープレーヤーが動くのをぼんやりと眺めていた。
「……お前それ本気で言うとるんか」
はぁ?
サムがボソリと言うた言葉に握っとったコントローラーを折ってまうとこやった。だってこいつ、人が清水の舞台から飛び降りる気持ちで言うた言葉に対して、本気で言うとるんかって聞いたんやで。
いや、清水の舞台は言い過ぎか。ただ、言うてもうたってだけの話やし。でも、今のはあかん気ぃする。こんなん冗談で言うわけないやん。
アホか? こいつ。アホやな。アホが相手ならしゃーないわ。俺は達観しとるからな。大人の対応したるわ。
コントローラーを握る手は力が入りすぎてプルプル震えてもうてたけど、一旦深呼吸して、手から力を抜き、なんとか大人を装ってやった。
「本気も何も、こんなん嘘ついてどうすんねん。サムはナマエちゃんのことどう思っとんねん」
「俺は……ナマエちゃんのこと、そんな風に見てへん」
「はぁ?」
軽やかになっていた音が止む。流石に今の発言は我慢でけへんかった。嘘こくなら、もっとマシな嘘をこけ。本気やったら、ほんまに許さん。
握ったコントローラーをそのままにして、視線を画面から隣に座る自分の片割れに移した。
「お前何言うとんねん」
「ツムこそ何言うとんねん」
同じくこっちを向いたサムと目があった。えらいふてこい顔してんな。まぁ同じ顔なんやけどな。そう思うと、笑ってもうたわ。だって、同じ顔やのに俺は選ばれんかったんやもん。それやのに、ナマエちゃんに選ばれた張本人はナマエちゃんのことそんな風に見えてへんとか抜かしよるんやで。俺の立場になって考えてみろや。そんなん、冗談でも許されるか? 許されへんやろ。相変わらず、目の前にある顔は間抜け面しよるし。せっかくナマエちゃんが好きや、言うとるのに、お前は何様や。ほんまアホすぎやで。俺と同じ遺伝子を受け継いだ俺の片割れとは思えんレベルのオツムやで。
何が合図になったんかは知らんけど、多分、俺とサムがコントローラーを投げたんは同時やった。久しぶりに取っ組み合いの喧嘩してもうたわ。
「家で喧嘩すなっていつも言うとるやろが!!」
そう怒鳴った母親にサムと一緒に外に放り出された。コートすら着る間もなかったわ。寒空の下、震える体を抱える。スウェットの上にはんてん着ててよかったわ。
それにしても、息子を追い出す母親とかやばいやろ。強すぎやろ。ナマエちゃんもいつかこんな風になるんかな。ナマエちゃんが母親になった姿を妄想したら、可愛かった。
「ツムの所為で追い出されてもうたやん」
隣に立つサムにじっと睨まれる。
いやいやいや、先にふざけたこと抜かしてきたんはお前やろ、と思って睨み返したった。
「何やねん、その目」
「サムこそ何やねん、その目」
「お前のせいでこうなったからやろ」
「はぁあ? お前のせいやろ」
「はぁぁあ!?」
第二ラウンドが始まった。
「いつも家で――」
「「外やからええやろ!」」
男には引けへん時があるねん! そう思って怒鳴ってきた母親に怒鳴り返したったら、でかいゲンコツ喰らって流石に喧嘩はやめた。
うちの母親怖すぎやろ。ナマエちゃんもいつかあぁなるんかな。可愛いなぁ。
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もう、ええわ。サムに振られたら俺が慰めたる。ほんでナマエちゃんに次好きな男出来たらまたちゃんと応援したんねん。俺ええやつやな。おかげでずーっとナマエちゃんのええ友達でおれるわ。ナマエちゃんをフったサムは友達降格やろけど。ざまーねーな。そん時は指差してわろたろ。
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ある日のこと。突然ナマエちゃんに呼び出された。
「侑くん……好き、です」
ナマエちゃんはいつものように目を逸らして素っ気なく話すわりに、頬を染めながらその言葉を口にした。
いやいやいや、この展開いきなり過ぎひん? 聞き間違えか?
聞き間違いかどうかを確認するために、頭の中でさっき見た映像を音声と共に再生した。
テレビのような四角い画面に映ったナマエちゃんは、顔を赤らめて俺をじっと見上げる。俺が、どないしてん、顔赤いで、熱か? 体調悪いんやったら言えや、と言って額に手を当てようとしたら、その手を払ったナマエちゃんは、ぷい、と横を向いて言った。
『治くん……好き、です』
あぁ、なんか聞き間違えな気ぃしてきたわ。ナマエちゃん、治くん、好きですって言うとるやん。
なんやねん。やっぱそうやんか! あのクソサム!
あいつの間抜け面が頭を過ぎってなんべんか足で地面をゲシゲシ踏んでもうたわ。
でも、ちょっと待てよ? ということは、俺、今サムと間違えられとる? 間違えられとるやん!
うわぁ。ナマエちゃん、可愛い。
間違えられんのは複雑やけどナマエちゃん可愛い過ぎるやろ。だって、間違えて告るっておっちょこちょいさんやん。そんなん漫画でしか見たことないで。可愛いぃ。
「ナマエちゃん、俺サムと違うで!」
「いや、さっき侑くんって言ったじゃん!」
俯いていたナマエちゃんが顔を上げて、心臓がヒュンてなった。
だって、ナマエちゃんの顔これ以上ないってくらい、真っ赤っかやってんもん。しかもちょっと涙目なんやもん。可愛いぃ。
あれ? でも今、さっきナマエちゃん、侑くんって言ったじゃんって言うたよな。俺に告白してきたってこと? なんで? おかしない? ナマエちゃんが俺に告白するなんてこと……ある? もしかして――
「俺は夢を見とるんか?」
「起きてる! 起きてるから!」
そう言ったナマエちゃんが俺の頬に手を伸ばしてきて、俺の頬を軽く引っ張ってきよった。
うわ、俺今ナマエちゃんに顔触られとる。触られとるで! そんなことある? そんなことあるぅ? やっぱこれ夢や!
「痛いでしょ?」
ナマエちゃんが見上げてくる。
「いや、全然痛な……っていたっ! いたっ! なにすんねん!」
引っ張れた頬に手を当てナマエちゃんを見下ろすと、ナマエちゃんはほっぺたをぷーっと膨らませた。
「だって痛くないっていうから……」
えぇー……可愛いぃ。何その反応。ナマエちゃんにつねられた頬がまだヒリヒリしとったけど、一瞬で痛み消えてもうたわ。
だって、顔真っ赤にして頬膨らますぅ? 膨らましちゃいますぅ? そんなん反則やろ。一発退場もんの反則やわ。可愛いぃ。
あれ? でも、え? 痛いってことはこれ現実? 現実ってことになんの? 現実でこんなこと……ある?
思考を巡らし、あっ、と一つの答えにたどり着いた。
せや。ドッキリでしたーってやつや。絶対そうや。あのクソサム!
「どうせ今度はドッキリか何かかって思ってるんでしょ」
「え、なんでわかったん!? やっぱこれ夢か!」
「だから違うって! 侑くんは分かりやす過ぎなの! 顔に書いてあるの!」
「いやいやいや、顔に文字なんて書いてへんよ」
はぁ? って顔をしたナマエちゃんと、この後三十分くらい似たようなやりとりを繰り返した。
少し息を荒げたナマエちゃんは疲れた様子で俺を見上げる。
そんなげっそりした顔してても可愛いで。ナマエちゃん。
「もういいでしょ……夢でもなければ、幻覚でも嘘でも罰ゲームでもドッキリでもないんだから……」
ナマエちゃんとのやりとりを繰り返して、俺の脳みそはようやく現実を理解したらしい。
嘘やん、嘘やん! ほんまかっ……!
現状を理解すると、胸の内に自分を駆り立てる様な何かがどっと湧いてきた。
この感情ってなんて言うんやっけ。せや! せやぁ!
「俺ナマエちゃんめっちゃ好きっ!!」
ナマエちゃんにぎゅっと抱きついた。
柔らかい。可愛い。大好き!
「うん、最初からそう言って欲しかった……」
え? そうなん? 俺にずっとそう言って欲しかったん? なんやねん。なんやねん。可愛いいやん。めっちゃ可愛いやーん。
「これからなんべんでも言うたるよ。好きや好きや、ナマエちゃんめっちゃ好きや」
「……ありがと」
腕の中のナマエちゃんを見下ろすとナマエちゃんはまた顔あこうしとった。
可愛い。なんやねん。なんやねん。ほんまなんやなん。
「ナマエちゃんほんま好きやわっ」
「うん、私も好きだよ」
なんちゅうハッピーエンドやねん。うりうり、とナマエちゃんの頭に頬擦りする。ちょっとうっとしそうなナマエちゃんもめっちゃ可愛いかった。これから、毎日、スキップ踏むような日々が来るんやろか。ええな。
もう一回ナマエちゃんを、ぎゅっと抱きしめた。