四月一日――――桜咲く春休みのど真ん中。稲荷崎高校バレー部は今日も当然の如く練習だ。私はジャージに袖を通し、いつもの時間に家を出た。
 学校近くのバス停で降りると、早速並んで歩く金色と銀色の後ろ姿を見つける。
 なんとなく違和感。
「おはよー」
 声をかけると、二人は振り返った。
「おはよー」
 二人の声が重なる。やはり違和感。これは……と首を傾げ、あっと閃く。
「なんで……侑くんと治くん髪型ひっくり返ってるの?」

「嘘やん。いきなし!?」
 そう言って口をあんぐり開けたのはアッシュ系になった侑くん。そして、その髪で朝日をキラキラと反射させているのは治くんだった。侑くんとは打って変わって治くんは気怠げに口を開く。
「今日エイプリルフールやろ? 今年はこのネタでいこかってなってん」
「べたすぎて今までやってこーへんかったからな」
 侑くんが付け加える。”今年は”って毎年この人たちは何をしているのだろうかと苦笑する。きっとノリで始めて続けていくうちに、義務感に駆られだして止めるに止めれなくなったんだろうな。頭を掻きむしりながらネタに悩む侑くんの姿が目に浮かぶ。治くんは「もうえーやろ、俺らは十分頑張った」と言って椅子の背もたれに体を預けながら宙を眺めていそう。とりあえず、ベタな所に手を出すとこまで追い詰められていることはわかった。
「それより何で!? 何でわかったん!?」
 侑くんが興奮気味に私に問う。
「何でだろ……」
 私は首を傾げて、並んで立つ彼らの全身を下から上へと眺めた。スニーカーの色や鞄は違えど、つま先から肩まではほぼ同じだ。そして、目を輝かせた侑くんと瞼を重そうにした治くん、交互に目が合う。しかしその髪型はいつもとは逆でしっくりこない。
「なんか見た目は完全に侑くんは治くんで治くんは侑くんなんだけど、表情とか仕草が侑くんはまんま侑くんで治くんはまんま治くんなんだよね。多分皆一目で気づくと思うよ」
「嘘やん! この髪やんのめっちゃ大変やったんに」
 侑くんが頭を抱えた。治くんはふぁーと力なく欠伸をする。その息の長さから相当な朝の早さが伺えた。
 すると丁度前方の曲がり角から銀島くんが出てきたので
「あー! 銀や、銀! おはよー」
 とアッシュ系侑くんが両手を上げて駆け寄った。
 声に反応した銀島くんは、片手を上げたが直ぐに訝しむ様に目を細めた。
「お前……侑か?」
 侑くんの動きが固まる。そして、先程私に見せた様に驚いた顔で銀島くんに顔を寄せながら問った。
「なんで!? なんでわかったん!?」
「やっぱ侑か。朝から何やっとんねん」
 銀島くんは呆れ顔で近寄る侑くんを手で払う。それでも侑くんの興奮は引かない様子だった。
「それより何で? 何で俺って分かったん?」
「んー……なんでやろ……」
 銀島くんが首を傾げ「テンション?」と答える。そして、「治が朝からそんなにはしゃいでたら怖いわ」と苦笑した。
「テンションか!」
 侑くんが納得したかの様にぽんと手のひらに拳を当てる。
「なんや腹減ったなぁみたいな顔しとったらええんかな」
 そう言って侑くんは眉を下げながら全身の力を抜いた。するとそれはまさしく治くんのそれで銀島くんと私は同時にふき出す。
「ホンマや! 治になった!」
「本当だ! 治くんだ!」
 笑いすぎてお腹が痛い。
「ほな、これでいくで! サム!」
 鼻息荒い侑くんだったが、治くんは眠いのか、もう飽きてしまったのか。その瞼を更に重くしながら「分かった分かった」とだけ返した。

 校門にたどり着くと、丁度体育館に向かう尾白さんの背中が見えた。
「あー! アランくんや! アランくーん!」
 侑くんが両手を振りながら言い終えた瞬間ぴたりと動きが止まる。顔にはしまったと書いてあった。案の定振り返った尾白さんは眉を顰める。
「お前ら……何やっとんねん……」
 呆れて物も言えないと言う顔をしながらも、ちゃんと仕事はする尾白さんだった。

 その後、練習が始まる前に一通り皆を回った様だが、皆が皆一目で入れ替わりを見破った。
 「ついにそれやったか!」と笑うものもいれば、「馬鹿なの?」と目を細めるもの反応は様々だった。
 侑くんは肩を落として盛大にため息を吐く。
「なんでやねん、俺らの努力は何やってん……」
 それを治くんがぼんやりと見ながら言った。
「主にツムの所為やと思うけどな」
「うっさいわ。お前こそそのテンションの低さはなんやねん」
「朝、3時起きやからな。流石に眠いわ」
 治くんはまた大きな口を開けて欠伸をした。

 とはいえ、練習になると一瞬の戸惑いが連携のミスを生む。「お前らややこしいねん」と皆がため息をついた時、北さんの
「自分ら遊びに来とんのか?」
 という一言で、春とは思えぬ極寒の風が吹き、二人は頭を戻しに帰ることとなった。
「ツムの所為で怒られてもーたやんけ」
「お前かて最初はノリノリやったやろ」
 こうして今年の稲荷崎高校バレー部のエイプリルフールは幕を閉じた。

「あー……来年はどないしよ」
 髪型を直し戻ってきた侑くんは、部活の休憩中甚だ疲れた様子でそう呟いた。
「もう来年のこと考えてるの?」
「当然やろ。後、365日しかないからな」
 来年のエイプリルフールはもう始まっている。