年の暮れ、大晦日の前日、つまりは十二月三十日。倫くんが実家に帰るというので大阪までデートがてら見送りに行くこととなった。
 待ち合わせ場所である二つの路線が合流する駅のホームに到着する。ここから倫くんが乗ってきた電車に乗り合わせ、大阪まで一直線という段取りだ。
 スマートフォンを取り出し時刻を確認する。待ち合わせの時間十三時にはまだ十分ほど早かった。時刻の下に倫くんからの新着の知らせが表示されていたのでタップする。
『三両目の一番後ろに乗った』
 私は三両目の列車が止まる場所に移動した。すると丁度激しい音を立てて電車が到着する。降りる乗客の中に倫くんはいない。それほど人通りのある駅ではないが邪魔にならない様端の方に寄り倫くんにメッセージを返した。
『駅に着いたよ』
『多分あと十分』
 すぐに返信が返ってきた。それを確認すると、ホームに止まっていた電車が発車する。電車は頬を刺す様な冷たい風と共に行ってしまった。私は肩を上げ身震いしながらキャラクターが了解ポーズをとっているスタンプを選び、スマートフォンをポケットにしまう。そのまま両手もポケットに突っ込んだ。恐らく次の電車だ。早く来ないかなともう一度肩を上げた。
 十分後、定刻通りに電車がホームに進入する。段々速度を落としていく電車の窓をぼんやりと眺めた。年末だからかお昼だからか人は殆ど乗っていない。もうすぐ来る三両目一番後ろのドアを眺めると立ってこちらを見る倫くんと目が合った。私が手を振ると、倫くんも控えめに手を振り微笑んだ様な気がした。
 電車が止まりドアに近づく。降りる人はいないようだ。ドアが開くと、倫くんは「お待たせ」と言って私の手を掴み中に引っ張り入れる。車内に入ると温かな空気にじんわりと包まれた。
 すかすかの座席の端っこに二人手を繋いだまま並んで座る。倫くんは握っていた私の手を温める様に両手で挟み込んだ。
「手冷たいね。待たせてごめんね」
「大丈夫だよ」
 倫くんの大きな手の中に私の手がすっぽりと収まる。少し乾燥したその手は冷えた指先までも温めていった。
「ナマエの手、いつも柔らかくて気持ちいい」
「そうかな?」
「肉球でもついてるの?」
「なにそれ」
 倫くんは私の手の平を親指でむにむにと押す。何も考えていなさそうな横顔だが、どこか楽しげに見えた。
「荷物、少なくない?」
 殆ど手ぶらの倫くんを見て私が聞く。
「着替えとか全部実家にあるからね」
「課題とかはいいの?」
「正月明けたらすぐ帰るし」
「そっか」
 帰りも迎えに行けたらいいなと思う。ついでに初詣なんて行ったりしてと考えていると、車内が揺れ私たちは肩をぶつけ合った。倫くんは気にするそぶりもなく相変わらず私の手の平を使って遊んでいる。何が面白いのかわからないが、おそらく癖なのだろう。倫くんはスマートフォンをいじってない時は大抵私の体の一部で遊んでいる。髪とか手とか指だとか。そのおかげで私の手はもうポカポカだった。
 私は前に向き直り少し曇った窓から慌ただしく通り過ぎる景色を眺めた。ついこないだまでイルミネーションで鮮やかだった街並みが、今は静かに灰色空の下広がっている。少し寂しく見えるその景色はもうすぐ年が暮れるのだと知らせている様だった。
「倫くん、今年もお世話になりました」
「こちらこそ」
「来年も一緒にいようね」
「その先もね」
 私たちは顔を見合わせた。倫くんの表情は相変わらず能面の様だけど、真っ直ぐに向けられる瞳からは十分過ぎるほどの優しさが伝わってくる。
「私、最近倫くんのことわかってきた気がする」
 私はその見慣れた狐のような瞳を覗く。
「倫くんはむっつりすけべ」
「そんな俺にいじめられるのが大好きなナマエはドM」
 この後私は真顔の倫くん”と”両頬をめいっぱい引っ張りあった。

「いたいんらけお(痛いんだけど)」
「りんふんがはなひてふれたらはなふ(倫くんが離してくれたら離す)」
「さっちがさひにはなひなよ(そっちが先に離しなよ)」
 今ではすっかり恒例になったこのやり取りは、きっと来年も行われる。