食事時になり、寮の食堂へ向かうと牛島くんと天童くんに鉢合わせた。「お疲れー」と片手を上げると、牛島くんも「あぁ」と言って、片手を上げる。天童くんも手をひらひらと振りながら「ナマエちゃんもお疲れー」と笑うが、その猫背気味な背中からは本当に疲れたというオーラが漂っていた。いつもの部活後の二人だ。
 私たちは、食事を受け取り、同じテーブルにつく。私の向かいに牛島くんが座り、牛島くんの横に天童くんが座った。いただきますと手を合わせ、二人の食事がのったトレイを眺める。牛島くんは大盛りのハヤシライスにサラダ、小鉢三つにフルーツ、天童くんはご飯に山盛りの唐揚げ、サラダ、これまた小鉢三つにフルーツ。男子はいっぱい食べるなぁと思い私も自分の食事に手をつけた。
「そういえば若利くん、また告られてたね」
「え? そうなの?」
 天童くんが気怠げに発したその言葉に思わず手が止まる。私も何度か牛島くんが告白されている現場を目撃したことがあった。その度に胸の奥がちりちりと痛み、走ってその場から逃げた。そして、大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせるのだった。だって牛島くんがそのまま付き合ったと言う話は聞いたことがなかったからだ。
「また断っちゃったの?」
 天童くんはそう言って大きな唐揚げを一口で頬張り牛島くんを見る。牛島くんは天童くんの方を一瞥することもなく、「あぁ」と答えて、スプーンで掬ったハヤシライスを口に入れた。ほっと胸を撫で下ろす。いつものパターン。
 牛島くんの心はまるで要塞。
 私は心の中でそう呟き食事を口にした。美味しい。
 噛み締めるように食事をする牛島くんとは違い天童くんはひょいひょいと唐揚げを口の中に入れていく。それでも二人の食事のスピードは同じで、私はいつも二人と一緒になるときは急いで口を動かす。男子の食べる速さは異常だ。おのずと私は口数が少なくなるので二人が話さなければ沈黙が続くこととなる。食堂の喧噪が耳に心地いい。牛島くんの所作は綺麗だなぁと眺め口を動かしていると
「若利くん、婚約者でもいるの?」
 思いついた様に天童くんが聞くので、再び私の手は止まった。その発想はなかった。吹き出しそうになるのをこらえ、口の中のものを飲み込んだ。
「え、いるの?」
 私も重ねて問うと
「若利くん家って由緒正しいって感じするよねー」
 と、天童くんは付け加える。すると牛島くんはもぐもぐと噛んでいた口を止め、ごくりと飲み込んだ後「そう言う話はあるが……」と口を開いた。
「あるんだ」
 天童くんの声が私の心の声と重なる。
「婚約者はまだいない」
 そう言った牛島くんが一瞬じっとこちらを見て、視線がぶつかる。どうしたんだろうと思った所で牛島くんは下を向き、再びスプーンでハヤシライスを掬った。そして、この騒がしい食堂で呟く様にその言葉をこぼす。
「結婚は好きな人としたいからな」
 静かに発せられたそれだが鼓膜を揺らすには十分で、私はぽかんと口を開いた後、思わず天童くんと顔を見合わせた。きっと私たちは同じ顔をしている。口だけでなく目までも皿にした天童くんと暫し見つめあった。
「なんだその顔は」
 顔をあげた牛島くんがむすっとした口調で言った。
「いや、若利くんの口からそんな言葉が出てくるとは思わなくて……」
「何かおかしなことを言ったか?」
「ううん」
 私と天童くんが同時にその言葉を口にして同じように顔を横に振る。
「もしかして若利くん……好きな人いるの?」
 え、それ聞いちゃう!? と天童くんを見ると、さっきまで気怠げにしていた天童くんはどこに行ったのか。楽しそうにその口元を緩めていた。嫌な予感しかしない。ぱっと牛島くんに視線を戻すと、再びこちらを見つめた牛島くんと視線が重なる。
「……わからない」
 牛島くんは真剣な面持ちで答えた。
 “わからない”――――それではまるで、いると言ってるようなものではないか。”いない”のではなく、”わからない”。
 牛島くんの心が要塞なのはそれが鉄で出来ているからではなく、そこに好きな人がいたからなんだと上手くもないことを考える。
 私は俯いて、食事を箸で拾い、口に入れた。味がしない。
 聞きたくなかった。知りたくなかったと天童くんを少しだけ睨むと天童くんは新しいおもちゃを見つけた子供の様な顔をして私を見たり牛島くんを見たりしている。天童くんに隠し事ができないことは知っている。
 そりゃ第三者は楽しいでしょうねと唇を尖らせると、天童くんは更に可笑しそうに私と牛島くんとの間で視線を往復させた。
「天童くん、早く食べないと冷めちゃうよ」
「うん、分かってる。分かってるよ」
 そうやってにやける天童くんが恨めしい。そして、一方でどこ吹く風とハヤシライスを頬張っている牛島くんも憎らしかった。


三人称にしかわからない