※下ネタ※

 若利くんとは高三の時に付き合い始め、今日で丁度一年。卒業し、互いに環境は変わったが、順調にお付き合いを続けさせていただいている。
 付き合って一年というような記念日を作りお祝いするような私たちではないが、私がそういえばもう一年だねとぽろりとこぼしたことをきっかけに、付き合って一年を迎える今日この日は、二人でまったりしようということになった。平日なので、夕方、日が暮れる前に私の一人暮らしの部屋に、柔らかな微笑みと共に若利くんが遊びに来てくれた。
 若利くんが来る前にいつもより早めに帰宅し、張り切って作ったハヤシライスを一緒に食べる。美味しいと言って、子どものように頬張る若利くんを見ていると、1Kの狭いキッチンの一口コンロで頑張ってトマト缶から作った甲斐があったなと嬉しく思った。
 そして、ハヤシライスに合わせ、サラダやスープを食べて、お腹いっぱいになり、私たちは、若利くんが帰るまでのひとときを、予定通り、まったりと過ごし始めた。
 床にあぐらをかいた若利くんの膝の上に、横向きに座らせてもらい、若利くんの胸に体を預け、他愛のない会話をする。今日あったことや、週末の予定など。今日は少し特別な日なのかもしれないが、毎日のうちの一日に過ぎない。こうやっていつものように互いの時間を共有することが何よりの幸せなのだ。
 座っていても、私の頭は若利くんの肩には届かず、相変わらず大きいなぁと思いながら、すっぽりと若利くんの腕の中に収まり、若利くんの温かな鼓動を感じていた。
「体に触ってもいいか?」
 会話が一瞬途切れたかと思えば、急にそんな質問をされた。若利くんの腕は、包むように私を抱いているため、もう触ってることになるのだけど、改めて聞くということは、手でも繋ぎたいのかなと思い、いいよと返す。
 すると若利くんの顔が近づいてきて、唇が重なったかと思うと、着ていたブラウスの下に大きな手が入ってきた。
「え? え? え?」
「どうした?」
「や、え?」
 思わず声を上げ、若利くんの胸を押さえる。若利くんはキスを止め、服の下に入った手も止まった。真剣な眼差しが私を見下ろしている。
「嫌だったか?」
「そうじゃないけど、え?」
 体を触りたいって手を握ったりとかそういうのじゃなかったの?
 今の状況を全く理解できないでいた。
 若利くんとはキスまでしかしたことがない。今までそれ以上を求められたことは一度もなかった。だから若利くんはコウノトリが赤ちゃんを運んでくると思っているのだろうと思っていた。もしくは、そういう行為は結婚してからとか。キス止まりで、少し寂しい気持ちはあったけれど、若利くんのそういうところが好きだったから私から求めるということもなく、というか、自分から誘うなんて恥ずかしくてできないし。そういうわけで、今日に至るまでの一年間、とても健全なお付き合いをしていた。
 だから体を触りたいと言われてもピンとこなかったし、今もピンときていない。若利くんは何がしたいのだろうか。
「さっきからどうした」
 混乱のあまり、え、としか発せない私を若利くんは、顔色を変えぬまま真剣な様子で見下ろす。
「や、若利くん、なんで私に触りたいの?」
「ナマエが好きだからだ」
 それは嬉しいのだけれど。
「そうじゃなくて……」
「俺とこれ以上進むのは嫌か?」
「え?」
「どうした。さっきから間の抜けような顔をしている」
 どうしたのと聞きたいのは私も同じだった。
 これ以上進むとは、つまり、そういうことなのだろうか。若利くんは、キス以上のことがしたいから体を触りたいと言ったのだろうか。考えると急に顔が熱くなってきたが、思わずこぼしてしまう。
「若利くんは、コウノトリが赤ちゃんを運んでくるって思ってるんじゃないの?」
「急になんの話だ」
「いや、だって……」
 まぁいい、と言った若利くんはさらりと、そんなわけないだろ、と答える。え、そうなの、と一瞬時が止まったかのように感じた。
「俺をなんだと思ってるんだ」
 喉まででかかった言葉を飲み込む。
「コウノトリに赤子を運ばせたら危ないだろ」
 あ、そっち?
「じゃあ、赤ちゃんはどこからくるか知ってる?」
「どこから? 母親から生まれるとかそういう話か?」
 そうそう、と答えた私は、それはちゃんと知ってるんだと思い核心に迫る。
「じゃあ、お母さんにどうやったら赤ちゃんができるか知ってる? キスでできるんじゃないよ」
 俺をなんだと思ってるんだと再び言われ、さっきからずっと変わらぬ真っ直ぐな眼差しで答えられた。
「生殖行為をしてに決まってるだろ」
 思わず固まってしまう。改めて言われると、これ以上ないほど顔が熱くなる。目頭まで熱くなる。急に大きくなっていく鼓動が痛い。
 若利くんはどうやったら赤ちゃんができるかちゃんと知ってるんだ。やっぱり若利くんのいう”体を触りたい”や”これ以上進む”というのはそういうことなのだろうか。
 いつかこの日を迎えられたらと思っていた分嬉しい気持ちや期待はあるが、きちんと若利くんの意図を確かめる言葉は口を開いても出てこなかった。何度か口を開いては閉じてを繰り返して、それでも息しか漏れなくて、途方に暮れ俯く。
 すると、大きな若利くんの手が頭の上に乗っかる。いつものように優しく触れてくれたのに、びくりと震えてしまったし、若利くんの胸に置いていた手には拳を握ってしまった。なんでこんな反応しちゃったんだろと思っていると、上から穏やかな低い声が降ってきた。
「ナマエの考えていることがわかった」
「え、分かったの?」
 再び見上げると、力強い瞳がそこにあった。
「ちゃんと避妊はする」
「避妊!?」
 若利くんの口からそんな言葉が出てくるとは。
「何を驚いている。子どもが欲しいのか?」
「いえ、違います……」
 ここまで言われると、状況は完全に把握できた。若利くんが何をしたかったのか。これから何をすることになるのか。
 心臓が破裂するんじゃないかと思うほど、バクバクと鳴る音を全身で感じていた。全く目を逸らそうとしない若利くんの濁りのない眼差しに威圧のようなものを感じてしまい、再び俯く。涙で滲んだ視界で、スカートから覗く自分の膝を眺めながら、頭の中で言葉を探した。若利くんの気持ちに応える言葉を。
 すると、若利くんの胸に置いていた、いつの間にか震えてしまっていた拳に大きな手が重なり、ぎゅっと包まれる。
「ナマエが不快だと言うならすぐに止める」
「わ、若利くんは、その、生殖行為、というか、せ……性行為の仕方は知ってるの……?」
「あぁ知ってる。勉強した。だからナマエに痛い思いはさせないよう気をつける」
「そっか……」
 ちゃんと勉強してくれたんだ。そういうところ若利くんらしい。好きだな。
 そう思っていると、若利くんの喉を鳴らす音が聞こえた。
「嫌か?」
 少し震えているように聞こえる優しい声色だった。
 やっぱり好きだと思った。こうして温かく手を握ってくれるこの人が。勉強までして大切に思ってくれるこの人が。
「嫌じゃないよ、嬉しい」
 いい終えるや否や、力強く抱きしめられた。若利くんの厚い胸に耳が密着する。聞こえてくる音は、お話していた時よりも少し早い気がした。
「好きだ、ナマエ」
 顎に手をかけられて、上を向く。目に溜まった涙越しに柔らかに緩められた表情が見えた。そして、額にキスを落とされ、目元にもキスをされ、思わず目を瞑ると涙が溢れる。
「怖いか?」
「大丈夫」
 答えると、大きな親指で涙を拭われ、そのまま頬に手を当てられたまま、唇にキスを落とされる。若利くんの柔らかな舌が口内に入ってきて、舌を伸ばすとクチュっと音をたてて、絡まった。体が火照りだし、どうしてかまた涙が溢れる。服の中に手が入ってくると、握っていた拳に力が入り、若利くんの大きな手が直接体に触れるとびくりと震えてしまった。するとキスをやめられ、優しく大丈夫かと問われる。再び大丈夫と答えると、熱いキスとともに、温かな手にそっと包まれた。