「もうすぐゴールデンウィークかぁ」
二人の言葉が重なったのはお昼休みのこと。中庭のベンチでお弁当を膝に置き、サンドイッチを片手に持つ倫くんと並んでご飯を食べていた。
ゴールデンウィーク前、つまりは四月の下旬。
この時期のお外はとても過ごしやすい。青い空で輝く太陽は暖かく、ベンチの後ろに立つ木は緑を生い茂らせ、こちらに向かって心地のよい影を落としてくれている。髪を靡かせる風は涼やかで、今日みたいな日に外に出ないのは勿体ない。
このベンチに座っているのは私たちだけだけど、中庭の他のベンチや花壇の小さな段差には、同じくお昼を食べている他の生徒たちがいた。カップルのような二人組や楽しそうな四、五人のグループ。皆思い思いにお昼を楽しんでいるようだった。
「倫くんのそのテンションおかしくない?」
お箸を置いて、隣に視線をやる。
“もうすぐゴールデンウィークかぁ”
溢れんばかりの楽しみを込めて言ったその言葉だったが、倫くんは絶望にも似た声色でその言葉を発した。しかし倫くんの横顔は言わずもがなお面顔だ。
「だって合宿あるし、ナマエに会えないし」
倫くんは口をもぐもぐさせながら、もごもごとその言葉をこぼす。慣れたこととはいえ、倫くんはそういう言葉を無表情のままサラッと言ってのける。可愛いだとか、好きだとか普通は照れてなかなか言えないようなそういう言葉を。そして、慣れたことなのに、倫くんの言葉に毎回照れてしまう。少し悔しいので意地悪を言ってみる。
「合宿は大変なんだろうけど、会えないのはたった四、五日のことじゃん」
「俺は一日でも会えないと辛い」
ほらそうやってまた。もぐもぐしながらサラッと、もごもご言う。倫くんに羞恥心というものはないのだろうか。しかも意地悪は全く伝わってない様子。悔しい。
「ナマエは寂しくないの?」
倫くんがじっとこちらを見る。そういう風に面と向かって聞かれると少し恥ずかしいのだけど。
「……寂しい、です」
照れる気持ちでそう返すと
「はい。良くできました」
満足げにそう言った倫くんに頭を撫でられた。
やっぱり意地悪伝わってた!
でも、ゴールデンウィークの間ずっと会えないのが寂しいというのは本当だ。そういえば去年は倫くんたちの練習試合見に行ったんだっけ。今年も行けるといいなと思い尋ねる。
「今年は遠征どこいくの? 試合見にいくよ」
「今年は関東なんだよね」
「そっか……流石に関東はきついかも」
「だから憂鬱なんだよ」
「そうだね」
がっかりと俯いたついでにお弁当箱に残った最後の卵焼きをお箸で拾って口に入れた。そして、お弁当箱を閉じ、お箸をケースに入れて、お弁当箱と一緒に包みでくるむ。隣を見ると、倫くんもサンドイッチを食べ切ったようだった。
「帰ってきたらまた遠征の時の写真見せてね」
「ヤローの写真ばかりだろうけどね」
倫くんがつまらなそうに言う。
「むしろ女の子の写真ばかりだと困る」
「それはヤキモチ?」
楽しげに聞く倫くん。
「……やきもち」
照れながら返すと、倫くんは「可愛い」と言って私の膝の上に手を乗せた。ひんやりとした感覚にびくりと肌が泡立ち、倫くんの方を向いたら、一見何を考えてるのかわからない顔をしてるけれど、ちゃんと見たらその瞳はやっぱり楽しそうに細められていた。
「可愛い」
倫くんは再びそう言ったかと思うと、今度は持て余した指で私の膝に乗ったスカートの裾を掴み、ねりねりと転がし始める。あぁそれがやりたかったのねと思いその様子を眺めていると、こないだ調べたことを思い出す。
「倫くんてさ、何かと手元にあるもの触ってるよね? それ、現状に不満があるかららしいよ」
「そうなの?」
「そうみたい。何かストレスとか抱えてる?」
倫くんは相変わらずスカートの裾を丸めていた。たまに太ももに倫くんの指があたってくすぐったい。でもくすぐったいなんてことは絶対口にしない。もしそんなこと言おうものなら必ず意地悪されるもん。
「ストレスっていうストレスなら……」
倫くんは首を傾げながら考える。そして平坦な口調で続けた。
「毎日ナマエを抱けないこと」
私たちは顔を見合わせる。最近倫くんはわざとやってる気がする。そして私もそれに答えるかの様に顔を歪ませる。そんな阿吽の呼吸。暫く無言の時間が過ぎ、私はぱっと両手で自分の頬を覆った。間一髪で倫くんの両手は私の頬に届く前に止まった。
「防衛成功!」
初めて倫くんに頬を引っ張られておよそ一年。初めて私の両頬は守られた。
と思ったのも束の間。倫くんに大きな片手で私の手ごと顔を鷲掴みにされた。私の両頬はどんどんと寄せられていき、唇が尖っていく。
あ、新しい!
そう思っていると、倫くんは分かりやすく口角を上げた。
「変な顔。可愛い」
「りんくんがしたんっ――」
この後私は、いたずらっぽく笑う倫くんに両頬を押さえられながらキスされた。
「ん、んーっ! んーっ」
ここ、学校! 皆の視線凄い感じるんですけど!
その言葉を、発するのはもう少し後のことだ。
「だってキスして欲しそうに唇突き出してたから」
「倫くんがやったんじゃん!」
こうして、私たちの頬を巡る戦いに新たなレパートリーが加わった。