※2021制汗剤コラボネタ。商品名を制汗剤と表記してます※

 ホームルームが終わり、ジャージに着替えて体育館へと向かう。部員達によってネットが張られている中、片隅では膝を抱えている一年生が一人。
 どうりで体育館がいつもより静かなわけだ。
 うちの部員の中で一番元気な筈の彼の丸まった背中からは彼には似つかわしくないどんよりとした空気が醸し出されていた。
「五色くん、どうしたの?」
 近くにいた天童くんに尋ねる。
「あー、なんかね。若利くんが制汗剤のモデルをやったらしいんだよね」
「それでなんで五色くんがああなっちゃったの?」
「若利くんには話がきて自分には話がきてないからって落ち込んでるみたい」
 忙しいやつだよねー、と興味なさげな天童くん。
 確かに忙しい子だとは思うけど、気持ちは分からないでもない。ライバルにだけ話が行くのは悔しいよね。
 膝に顔を突っ伏している五色くんにそっと近寄ってみる。物音で私に気づいたのか、五色くんの体がピクリと動くけど、顔をあげる気配はなかった。
「大丈夫?」
「いえ……大丈夫ではありません……」
 自分で大丈夫じゃないって言うなんて珍しい。隕石が落ちてきても、大丈夫ですよ! と言って強がってみせそうな子なのに。
 きっと大丈夫なんだろうけど、少し心配になる。励ましたくて、つい、五色くんも、と言いかけて慌てて口を閉じた。
 五色くんもいつかモデルの話がくるようになるよ。
 そう願ってはいるけど、そんな無責任なことは言えない。
 元気のない五色くんになんて声をかけてあげたらいいのか。口籠もっていると、俯いたままのおかっぱ頭から声が聞こえてきた。
「俺も、なんですか?」
 うぅ。言いかけた言葉を見逃してくれない五色くん。苦し紛れに言った言葉は本当に苦しかった。
「五色くんも……写真、撮ってあげようか……?」
 そんなことで五色くんが喜ぶわけないのに、と思っていたんだけど。
「え、いいんですか?」
 ぱあっと顔を明るくして顔を上げる五色くん。
 え、そんなことでいいんだ。
 拍子抜けしてしまったけど、それで五色くんがいつもの眩しい五色くんに戻ってくれるなら、写真を撮るくらいお安い御用だった。
「いいよ、いいよ! 五色くん制汗剤持ってたよね。私が撮ってあげる!」
 ありがとうございます! と、一度は乗り気になった五色くんだったけど、すぐに暗い顔をして抱える膝に顎を乗せた。
「やっぱりいいです。誰かがモデルをやったのを真似するのは嫌なんで」
 難しい年頃の五色くん。
「誰もモデルをやってないやつならいいの?」
「そうですね。そんなのないですけど」
 唇を尖らせた五色くんはそっぽを向いてしまった。
 うーん、と首を捻ってそういえば少し前に流行ったな、と思い出す。子ども騙しな考えだけど、そもそも写真を撮って満足してもらうって言うのが子ども騙しのような話だ。五色くんには申し訳ないけど。
 でも、それで喜んでくれるならと思い提案した。
「じゃあ五色くんだけの制汗剤作ろ! 私も制汗剤持ってるから。五色くんが使っているのとは違うフレーバーの制汗剤! 私の制汗剤と五色くんの制汗剤、キャップ交換したら五色くんだけの制汗剤になるよ!」
 再びキラキラと顔を輝かせた五色くんはこれで万事解決らしい。

 五色くんが持ってる深い青のボトルに、私が持ってる水色のキャップを取り付ける。今回キャップを交換することに深い意味はないけど、なんだかドキドキしちゃうし、俺だけの制汗剤……と感慨深そうに言う何も知らない五色くんに少し後ろめたさを感じてしまった。
 まぁ、いっか。撮影終わればすぐに戻すんだし。
「じゃあ、撮るよー」
 ニヤニヤと見てくる天童くんや、川西くんが気になったけど、ステージに登った私は、ステージの下で誇らしげに制汗剤を掲げる五色くんの写真を撮った。

「見てください! 写真撮ってもらいました!」
 嬉しそうに五色くんが皆にスマホを掲げて見せて回る。皆は面倒くさそうに五色くんを流していたけど、五色くんが、胸を張りながら、俺もモデルの話がくるような全国に名を轟かせるエースになります! と言っていて、結局はそっち方向に向かって頑張ってくれるのなら良かったと安堵した。
 いつかはこんなことがあったよね、と今日撮った写真を笑って見返す日が来るといいよね。
 そう思っている間に、五色くんの掲げるスマホは部員一人一人を回っていき、とうとう白布くんの顔の前にいく。見てください! 白布さん、と言われた白布くんの眉が途端に険しく中央に寄った。
「お前、わざわざ牛島さんのやつ買ったの?」
 え……?
「いえ! 俺だけの制汗剤です!」
 鼻高々な五色くんの声を聞きながら、慌てて検索する。すぐに出てきた、頑張ってやりました感満載の牛島くんの写真を見て、あ、やば。と口から漏れた。牛島くんが持っている制汗剤のボトルとキャップのカラーがさっきキャップを交換してまで作成した制汗剤のカラーと寸分違わず一致していたからだ。
 さっきは五色くんのボトルと私のキャップを使ってそうなってしまったけど、ボトルとキャップのカラーを反転させると商品ラインナップにはない組み合わせになると知った私たちは、この後、撮り直した。
 天童くん! 大声で笑わないで!
 川西くんもお腹抱えて笑わないでよ!
 白布くんはその目やめて! 今すぐやめて!