街の木々も学内の緑も全てが色鮮やかな紅葉を迎える時期。高校生活におけるイベントがまた一つ終わろうとしていた。遠くで聞こえる賑やかな声が喪失感を煽る。
「倫くん、本当に模擬店とか見て回らなくていいの?」
「ナマエは行きたいの?」
「私はいいけど」
「じゃあ俺もいい」
 そう言った倫くんに背中を預ける。
 人通りのない校舎裏のアスファルト。倫くんのあぐらをかいたお膝の上で、後ろから倫くんに包まれ、倫くんを感じていた。
 今日は全ての生徒にとっての勉強オフ日だ。廊下には色んな立て看板がたてられ、色とりどりに飾り付けられた教室は模擬店ないしは展示場へと変貌していた。遠くで聞こえるカッコいい音楽はきっと軽音部の催しだ。毎年、この日に体育館でバンドが演奏するのだ。
 流石に三年になると、クラスで模擬店を出すということもなく。倫くんにどこ行きたいって聞かれて、特にはと答えると、じゃあ、ゆっくりしよとここに連れてこられた。
 人混みを割って廊下を歩いていた時は、様々な声が行き交っていたのに、昇降口へ向かうとその声は途端に遠くなった。そして、昇降口から校舎を出で、校舎の角を一つ曲がり、もう一つ角を曲がって校舎裏まで行けば、人は誰もいない。
「そういえばバレー部の模擬店は? 行かなくていいの?」
「流石に三年が駆り出されることはもうないよ」
「まぁ、そうだよね」
「侑はノリノリで参加してるけどね」
「流石侑くん」
 男バレの模擬店は毎年女装カフェだ。去年の倫くんは良かった。ただただ良かった。ロングのかつらを被って、ロングの赤いチャイナドレスを着て売り子をしていた倫くん。流石にがたいは男の子だったけど、軽くメイクしたその美貌はモデルさんかと思った。それを言ったら女装した真顔の倫くんに両頬をめいっぱい引っ張られたんだけど。
「侑くん今年も女装してるの?」
「いや、ただのからかい要因」
「侑くんも去年女装嫌そうにしてたもんね。凄い可愛かったのに」
「なんかそれ複雑」
 お腹に回された倫くんの腕にぎゅっと引き寄せられる。
「えー、なんで?」
「他の男褒めてるから」
「でも倫くんも可愛いかったよっていったら怒るでしょ」
「そうだけど、そういうことじゃない。だから複雑」
 倫くんの顎が頭に乗る。また唇を突き出してるのかな。頭を上げたいけれど、倫くんの顎が乗っててできなかった。
「それはやきもち?」
 いつぞやにされた質問をしてみる。
「やきもちだよ」
 不貞腐れるような口調で返ってきた。
「でも、本当にいいの? 顔出しに行かないで。写真とか撮ったりしないの?」
「それよりナマエとイチャイチャしたい」
 倫くんが写真より私を優先してくれるなんて! と思ったけど、それで喜ぶのも目標低くない? とよぎり、思い直す。だけどやっぱり嬉しい。
 お腹をきつく抱きしめる倫くんの腕に手を重ねた。密着していると、とても気持ちがいい。
「勉強順調?」
 ぎくりとする。
「うーん……順調、だと、嬉しい、けど」
 志望校はぎりぎりライン。
「えー、俺ナマエが来年も受験生してたら寂しいんだけど」
「そりゃ私もだけど……」
「頑張って」
 嬉しいけれどプレッシャー。と思ってたら首筋に倫くんの柔らかな唇が当たる。
「やっ……」
 一気に肌が泡立ち、思わず声がこぼれた。
「可愛い」
 首に倫くんの髪の毛がちくちく当たったかと思えば、再び、首筋に柔らかな感触。倫くんの腕をぎゅっと掴めば、生暖かな舌が這わされ、秋の冷たい空気に包まれていた首筋が熱っされていく。熱が耳にまで上ると、そのままぱくりと耳を咥えられてしまった。
「やめっ……」
 びくりと震えて、ゾクゾクとした感覚が背中を走り首を縮めていると、倫くんのお腹に回されていた腕が上に上がるのを感じて、胸に届きそうなところで慌てて押さえる。
「ほんと、だめっ、ここがっこ! 学校だから! 倫くん!」
 涙目で振り返ると、押さえてた倫くんの手に力がふっと抜けるのが分かった。
「じゃあこっちで我慢してあげる」
 安堵したのも束の間。倫くんにむにっとお腹をつままれる。
「なっ……!」
「柔らかいね」
 両手でつまんでくる。
「ちょ、だめ!」
「なんで? 柔らかくて気持ちいよ?」
 とぼけた顔した倫くんが首を傾げる。
 倫くん分かっててやってる! 私が嫌がってるって分かってて楽しんでる!
 私は振り返り、両手で倫くんの両頬を押さえた。すると、倫くんの頬は寄せられ、薄かった唇はたらこのようになり突き出していく。
 たしかにこれはキスしたくなるかも。
 息を呑み、顔を近づけた。でも近くなる倫くんの顔に急に恥ずかしくなって、思いとどまる。
「キスしないの?」
 倫くんが唇を窮屈そうに動かしながら言った。
「だって――」
 この後私は、両頬押さえられてるのに、いたずらっぽく笑う倫くんにキスされた。

 この瞬間だけ、毎回すごくいい顔で笑う倫くん。
 遠くでは軽快な音楽が流れていた。