※死ネタ※

 部活が終わり、部室へ駆けこむ。
 汗をかいたTシャツを慌てて着替え、脱いだTシャツはたたむのももどかしく、丸めたまま鞄の中に放り込んだ。
 そこで、ようやく、自分が慌てていることに気付く。
 どうしてだったっけと、思った刹那。

『しょーちゃん』

 あの子の鈴が鳴るような声で、名を呼ばれた気がした。
 そうだ、この後ナマエと一緒に帰るんだったと思いだし、再び慌てながら荷物をまとめた。

「お疲れ様です!お先、失礼しまーす!」

 部室で未だ着替えをしている先輩たちに向かって叫んだ。
 しんと静まりかえる。
 最初に口を開いたのは大地さんで、心配そうな顔をして俺に「大丈夫か」と聞いた。
 「何がですか」と言ってようやく、顔面に焼き付くような感覚を思い出した。
 そういえば、今日田中さんのスパイクを顔面で拾ったんだった。

「ああ!全然平気っすよ!よゆーです!あ、その、田中さんのスパイクが余裕って意味ではなくて……」

 そういっておどおどしながらも田中さんの方を見ると、田中さんが俺の背中をばしんと叩き「今日帰りにアイスおごってやらぁ」と笑った。

「え!いいんすか!?あ、でも、俺、今日帰り約束があって……すみません」

 そういうと、田中さんは「おう、それならしょうがないな」と少しぎこちなく笑った。
 大地さんは相変わらず心配そうに俺を見つめたまま。何か言いたそうに口を開くが、やはりやめたようだった。
 俺は先輩たちに申し訳ないと思いながらも、失礼しますと言って踵を返した。


 後は、自転車を取りにいって、彼女が待ついつもの約束の場所、校門横の桜の木の下へ向かうだけだった。
 走って、自転車を取りに行き、そのまま走りながら自転車を押す。
 昔、その様子を見た彼女が「乗った方が早くない?」と笑っていたのを思い出す。

『笑わないでくれよ。早く会いたくて必死なんだよ』

 そういうと、彼女は嬉しそうに笑った。俺も釣られて笑みを零した。あの頃は、幸せだった。――ん?あの頃は?
 校門に近づくにつれて段々と緩んでいく顔。高鳴る胸。こみ上げてくる、喜び。それを、胸がちりちりと焦げるような気持ちがさえぎった。
 それは不思議な感覚だった。ナマエのことを思うと、だんだんと温まっていく体とは別に冷たくなっていく心の奥深く。
 こんな気持ちを抱くようになったのはいつからだっただろうか。そう考えたところで、約束の場所につく。

「ねぇ、ナマエ!」

 彼女に呼びかけた。
 けれど、見つめたその先に、彼女の姿はなかった。


 冷たい風が吹く。それは温まっていた俺の体を急速に冷やしていった。鼓動はうるさいほどに頭に響く。脳裏には、先ほどの部室の静止した空気や大地さんの心配そうな顔、そして、ぎこちなく笑う田中さんが過った。
 俺は、またやってしまったんだ。そう悟る。
 いつもの約束していた場所になら、彼女がいる気がして。そして、ナマエと、名を呼べば、しょーちゃんと、返って来る気がして。
 けれど、ナマエは、もう、いない。
 その事実が、俺の視界を歪ませ、頬には静かに涙が伝った。

「ナマエ……」

 零した言葉が更に強く孤独を呼び寄せる。

「ねぇ、ナマエ……」

 それでも、その名を呼び続けるのは、今だって、彼女がその言葉に返してくれるんじゃないかと期待しているから。

『しょーちゃんは、太陽なんだから、私なんかに囚われないで。ずっとずっと輝いていて』

 それは、彼女の最後の言葉。
 そんなこと、できる筈がないのにナマエはずるい。
 それはまるで迷宮だ。君を探して、未だ彷徨い続けている。


 ねぇ、ナマエ。どこに、いるの?