※五色も夢主も社会人で、一緒に暮らしているという設定です※

 黄色い声が飛び交う更衣室を出て、薄暗い廊下を光に向かって進む。眩しさに目を細め進んだ先には、目が眩むほどの白い砂浜と水面をキラキラと光らせる青い海が広がっていた。ジリジリと肌が焦げていく感覚。潮を含んだ風が吹き抜け、視界を覆う髪を片手で押さえると、探していた人の逞しい背中を見つけた。
「工くん!」
「ナマエさん!」
 笑顔で振り返った工くんは、膝まで長さのある深い緑の水着を着ており、既に腰には両手で抱えられた浮き輪が。
 張り切ってるなぁ、と思ったのも束の間。工くんは私の姿を見るなり、びっくりした顔をして身に着けていた浮き輪を落としてしまった。びっくりした顔を怖い顔に変え、落とした浮き輪をそのままに、長い足を進めてぐんぐんと私の元へと近づいてくる。
 目の前に立った工くんは両手で力強く私の肩を握った。少し痛い。
「なんて格好してるんですか!?」
「あぁ、これ?」
 私は自分の体を見下ろす。水着の上から暑苦しい灰色のパーカーを着ていたのだ。おまけにチャックは上までキッチリと閉められており、色気はゼロ。
 思い切ってセパレートの水着を買って、今日に向けてダイエットもしてきたんだけど、いざ水着を着てみると、やっぱりお腹を出すのは恥ずかしくて、一応持ってきておいて良かったと思いながら、水着の上にパーカーを着てしまっていたのだ。
「ちょっと恥ずかしくて……」
「足丸出しじゃないですか!」
「え、そっち?」
 確かにパーカーは腰までしかないから、足は丸出しだ。でも水着ってこんなものじゃない? と思っていると工くんは、あ、あの人、と言って少し離れたところを歩く女性を指さす。
「あの女性が腰に巻いてるもの、ナマエさんは持ってないんですか!?」
「指ささないの」
 工くんの人差し指を掴みながら、工くんの視線の先にいる女性を見ると、その女性の腰には長いパレオが巻かれていた。
 パレオなら持っているよ、と肩にかけていたビニール製のバッグから取り出す。取り出したパレオはふわふわと風に靡いた。
「早く巻いてください!」
「でもパーカーにこれって変じゃない?」
「じゃあ、パーカーを脱ぎましょう!」
 工くんに、勢いよくパーカーのチャックを下ろされドキッとする。なんだか乱暴に服を脱がされるかのような感覚に陥ってしまったのだ。しかし、チャックはすぐに閉められた。
「ナマエさん……俺に喧嘩売ってるんですか……?」
 ゆらりと顔を上げた工くんの目は据わっている。
「え? なんで?」
「こんな下着みたいな水着着て!」
「工くんだってパンツみたいな水着着てるじゃん!」
「男は大抵こうなんです!」
「女も大抵こうだよ!」
 結局、重々しいパーカーは着たまま。風に舞うパレオを腰に巻いた。なんだかアンバランス。

「俺から絶対離れちゃダメですからね」
 片手に浮き輪を抱えて、私の腕をきつく握り締めながら工くんはシートや小さなテントでぎっしりの砂浜を歩いて海へと向かっていく。
 そんなことしなくても、離れないし、むしろ、心配なのは工くんの方だよ。身長高いし、カッコいいし、鍛えられたいい体しているし。脇腹から腹筋に沿って水着に向かう斜めのラインなんて色気の塊だよ。さっきすれ違った女の人なんて工くんを見て、二度見してたよ。そして、パーカーにパレオを巻いた私を見て笑ってたよ。やっぱりこの格好変なんだよ。もう。
「この辺でいいですかね」
 そう言って工くんが立ち止まった場所で、私はシートを広げ、鞄の中から日焼け止めを出した。早く塗らないと日に焼けちゃう。工くんを待たせたら悪いと思って更衣室では塗れなかったのだ。
「俺、海来るの久しぶりなんですよ! 多分小学生以来です! 中高は部活で休みなかったんで!」
 再び浮き輪を腰に装備した工くんは、待ちきれない、と言った様子で目を爛々に輝かせてシートに座る私を見下ろす。
「ちょっと待って! 工くんも日焼け止め塗らないと」
「えー、俺肌焼きたいです」
 浮き輪を両手で持った工くんは唇を突き出す。工くんの肌の色は暗い方ではあるけど、海の男の中では真っ白にしか見えない。
「日焼け止め塗っててもちゃんと焼けるから。普段お外に出ない人が日焼け止め無しでこんな炎天下に出たらお風呂入れないくらい肌が痛くなっちゃうよ」
 ほらここ座って、と隣をぽんぽん叩いたら、分かりましたー、と不満げに言った工くんは、浮き輪を置いて、私の隣に座った。
 目を瞑る工くんのお顔に日焼け止めを塗ってあげる。なされるがままの工くんは可愛い。顔を塗り終えたら、手足とお腹は自分で塗ってね、と言って工くんの手のひらに日焼け止めを出してあげて、私は工くんの背中に回り、広い背中に日焼け止めを塗りたくる。
 工くんの分だけで、だいぶ日焼け止めを消費しちゃった。私の分足りるかな、と思いながら工くんの背中の日焼け止めを伸ばしていると、頬をほんのり赤く染めた工くんが振り返る。
「なんか、日焼け止め塗るナマエさんエロいです」
「エロくないです」
 揃った前髪の上からデコピンしてやった。

 工くんの背中に日焼け止めを塗り終えたので、パーカーを脱いで自分の手足やお腹に日焼け止めを塗っていく。パーカーを脱いだ瞬間、お決まりのように工くんが、あ! と声を上げたのが面白かった。
「でも、パーカー着てたら海入れないし。それに海入ってしまったらもう見えないから」
 随分と顔に皺を作って難しい顔をした工くんだったけど、俺から絶対に離れないでくださいね、と言った工くんに頷けばパーカーを脱ぐことを認めてくれたようだった。
 手足とお腹には日焼け止めを塗れたけど、どうしても背中がうまく塗れない。ムラなく塗りたいから工くんにお願いする。
「そんなのエロくて俺にはできませんっ!」
「だから、エロくないってば! 工くんが塗ってくれないと私海入れないよ!」
「わ、分かりました……」
 工くんがぎこちない動きで私の背中に回ると、熱い指が背中に触れる。そっとなぞる感じで日焼け止めを伸ばされていくので、少しくすぐったい。背中で結んだ紐の下に指が入ると思わずゾクっとしてしまい、やっぱりちょっとエロいかもと思ってしまった。
 
 この後楽しく海でぷかぷか浮いて遊んでいた私たち。夜はお風呂で絶叫することとなる。
「痛いっ、痛いですっ! ナマエさんっ!」
 リビングで座ってテレビを見ていたら、お風呂場から悲鳴が聞こえてくる。真っ赤になった工くんのほっぺを見ていたから、痛いだろうなぁと思って殆ど水風呂にしておいたんだけど、ダメだったようだ。
「日焼け止め塗っといて良かったでしょー」
 お風呂場に向かって声を張り上げた私は工くんの後にお風呂に入る予定。真っ赤になっている自分の肩を見て、覚悟を決める。
「日焼け止め塗っててもダメだったじゃないですか!」
 肌焼きたいって言っていた人が何を言ってるんだか。
 そんなことを考えてた私も、この後、水に触れる度に襲われる刺すような痛みに、日焼け止め塗っててもダメじゃんと思いながら、なんとか入浴を済ませるのであった。