※五色が見た目も中身も幼稚園児になります。好き勝手に園児五色を捏造しています。夢主のテンションが高いです。苦手な方はご注意ください※

 なに……俺が工と朝練しようとしたら、工が小さくなるの法則でもあんの?
 天童は目の前で起こった出来事にそう思わざるを得なかった。

 未だ蝉の声が脳を揺らすこの季節。涼やかな風は出てきたが、照りつける太陽に蒸された体育館の中は立っているだけで汗が滲んだ。
 天童は頬を伝って顎を滴る雫を拭いながら、たった今目の前で小さくなってしまった後輩に肩を落とす。
 天童を見上げる後輩は前回と同様。高校生の五色を天童の膝くらいまで、そのまま縮めたような幼稚園児になっていた。服装は淡い水色のシャツに、白鳥沢カラーのショートパンツ。
「なんでまた工小さくなっちゃったの……」
 きっと本人すらその答えは知らないだろう。聞いても無駄だと分かっていたのだが、口から勝手にこぼれてしまったのだ。
 当の本人はというと、二度目のことであるからか。初めて小さくなってしまった時のように狼狽えることはせず、小さな頭をコテンと横に倒して、不思議そうな顔で天童を見上げるだけであった。
「前回も勝手に戻ったんだし、今回もまた勝手に戻るよね」
 少し投げやりではあったが、彼らに選ぶ道はそれ以外にないのだ。天童がそう言って園児五色を見下ろすが、五色からは返事がなかった。ぽかんと口を開けてただ天童を見上げるだけだった。
「どうしたの? 工?」
 やはり、返事がない。もしや、二度目のことであるというのに、驚いて立ったまま気絶してしまったのだろうか。
「大丈夫? 工?」
 流石に心配になった天童は、しゃがみ込み、未だ呆けた顔をしている園児の顔を覗き込む。五色の上を向いていた目が天童の動きに合わせて下に移ったので一先ず、立ったまま気絶の線はなさそうだ。では、なぜ五色は何も言葉を発さないのか。もう一度、天童が彼の名を呼ぼうとした時、体が小さくなったことで黒目がちになった目がキラリと輝いた。
「おにーちゃん! 髪の毛真っ赤ー!」
 五色は突然、天童を指さして楽しそうに笑い出す。
「え? 何? 何? 工?」
「おにーちゃん! 真っ赤ー!」
「え? 何? 工?」
 予想外の出来事に天童の語彙力まで幼稚園児になってしまったのである。

「待ってね。おにーちゃん、頭を整理するから」
 長い指を額に当てたおにーちゃんの頭は冴えていた。
 きっと、五色は中身まで園児になってしまったのだ。もしかしたら、五色の誕生日だと言う日に大人五色が現れた時の、園児バージョンなだけなのかもしれない。園児五色が目の前にタイムスリップしてきただけだ。いや、だけと言っていい現象ではないのだが。二度目ともなると、感覚が可笑しくなっている。
 でも、大丈夫だ。ちゃんと、天童は現状把握はできていた。
「とりあえず、工くん。お家帰れるまで待とっか」
「はい!」
 片手を上げて元気に返事を返した五色。
 きっと、大切に育てられた素直ないい子なのだろう。つむじからひょこひょこ飛び出るアホ毛はこの時からあったようだけど。
 じゃあ、何して遊ぼっか、と天童が珍しく気を利かせた瞬間であった。
 なに……工が小さくなったらナマエちゃんが現れるの法則でもあんの?
 天童はこの時間に現れる筈がない人物が体育館に入ってきて、先程考えたことと似たようなことを思ってしまった。
「また忘れ物しちゃって」
 照れ臭そうに笑ったナマエはステージの上にあったタオルを手に取りカバンに入れると、天童の後ろで隠れている少年を見つける。
「あれ? 五色くん? また小さくなっちゃったの?」
 平然とした様子で尋ねてくるナマエも感覚が可笑しくなってしまったらしい。
 大人五色が現れてから、五色の前では暫く挙動不審なナマエであったが、人間、緊張状態という物は長続きしないもので、今はナマエと五色の関係は良くも悪くも元に戻っていた。ナマエが天童の後ろに隠れる、五色に駆け寄る。しかし、五色はというと、天童の足に捕まり体を天童の足を使ってナマエから隠していた。アホ毛の生える頭だけをそっと天童の足から覗かせている。
「あれ? 今日の五色くんなんか変じゃない?」
 ナマエが小さくなった五色の顔を覗き込むと、五色は顔を真っ赤にして泣きそうな顔でそっぽを向いてしまった。
「え? 五色くん? なんで?」
 心配そうな顔で天童を見上げるナマエ。園児工は照れ屋さんなのね、と悟った天童。
「今回の工はねー、中身も幼稚園児なんだって!」
「えぇっ!」
 外では蝉がラストスパートとでも言うように張り切って大きな声で鳴いていた。

「工くん、こんにちは」
 中身まで園児になってしまった五色を前にして、五色くん呼びから工くん呼びに変わったナマエはしゃがんで五色と目線を合わせた。きっと、五色くん呼びは慣れていないのだろうと踏んだのだ。
「こ、こんにちはっ!」
 両手でショートパンツをぎゅっと握り、目をきつく瞑って懸命に挨拶をする五色にナマエの心臓は鷲掴みにされてしまったようだ。感無量と言わんばかりに震える唇を噛んでいる。一度自分を落ち着かせたかったのか。ナマエは、ふうっと一呼吸置いて、五色に向き直った。
「私はナマエだよ。ナマエ」
「ナマエ、ちゃん……?」
「やだっ! 可愛い!」
 舌足らずに発せられた自分の名に、遂に、心の声が漏れてしまった様子のナマエ。涙でも浮かんでいるんじゃなかろうかと言うほど瞳をキラキラに輝かせて天童を見上げた。
「ね、天童くん聞いた!? 今の聞いた!?」
「聞いた、聞いた。工がナマエちゃんって呼んだんでしょ? 俺だって普段ナマエちゃんのことそうやって呼んでんじゃん」
 少しナマエの絡みがめんどくさかった天童は、俺は何を見せつけられてるの、と疑問に思ってしまう。
「天童くんが普段呼んでくれてるのとは全然違うのー!」
「そこまではっきり言われると俺も傷つくんだけど」
「ごめんね、ごめんね」
 軽い口調で謝ってきたナマエは、きっと、ちっとも申し訳ないと思っていない。また、視線を前に戻して、恥ずかしそうに体を天童の足で隠す五色と目を合わせる。
「ね、工くんもう一回、私のこと呼んで」
「ナマエちゃん!」
 ナマエが喜んでくれたことに気を良くしたのか、今度はしっかりとした口調でナマエの名を呼ぶ五色。それでも少し舌足らずなところがいじらしい。ナマエは、また、やだっ! 可愛い! と声を上げる。きっと、その単語しか知らないのかもしれない。
「ね、天童くん!」
「はいはい、聞いた聞いたー」
 どうしても、ナマエは天童に喜びを分かち合いたいようだが、天童はめんどくさかった。
「ね、五色くん、もう一回、私のこと呼んで」
「ナマエちゃん」
「もー、やだー!」
「ナマエちゃんさっきからやだ、やだを連呼してるけど、嫌なの? 嬉しいの?」
「嬉しいに決まってるじゃーん」
 そう返ってくると分かっていた天童だが、あまりにナマエが楽しそうにはしゃいでいるのでちょっとした意地悪のつもりで聞いてやったのだ。ナマエに意地悪は全く伝わらなかったようだけど。
 果たして、ナマエと五色のこのやりとりはいつまで続くのだろうか。
 二人が楽しそうなのは何よりであるが、ため息を溢さずにはいられない、不憫な天童だった。

 自己紹介を終えると、五色もナマエに慣れてきたようで、天童の足から離れる。それでも、顔は紅潮したまま。上目遣いで盗み見るようにそっとナマエを見上げていた。そんな五色にナマエは気づいてしまったらしい。
「あ、五色くんのつむじだ!」
 園児五色の中身が高校生五色だったときは、隠されてしまったつむじだ。ナマエは、中身が高校生じゃないからずっと見ててもいいと思ったのか、じっとアホ毛の立つつむじを見つめる。すると、やめてください! といつか聞いた叫び声が響くと同時に、つむじは小さなおててで隠されてしまった。
「え?」
「そんなにつむじをずっと見ないでください!」
 恥ずかしそうに目も口もギュッと瞑った園児五色は、高校生五色がしたように、しゃがみ込んで小さくなった。
「やだ!」
「また出たよ。ナマエちゃんのやだ」
「天童くん!」
「はいはい、聞いた聞いたー。高校生の工と同じこと言ってるから可愛いんでしょ」
「そうなの! 流石天童くん!」
 そんな褒められ方をされても、ちっとも嬉しくない天童だった。

 いつまでも立っていると疲れるので、体育館の壁に背中を預けて座ることに。三角座りで座る五色の両隣を天童とナマエで固めた。
「幼稚園では何してるの?」
「お絵かきです!」
「可愛い〜」
「なんの絵描いてるの?」
「前はお花描きました」
「可愛い〜」
 ナマエの語彙力は時間と共に低下していく。もはや意地悪を言うのも、突っ込むのも疲れた天童は五色と同じく体育座りで、膝に顎を乗せて、ただただ早く高校生五色が戻ることを祈っていた。
 その祈りがこんな大層な悪戯を仕組んだ何者かに届いたのか。園児五色から噴き出る煙。すぐに薄れた煙の中からは、先程いた園児五色のように膝を折り曲げて座る高校生五色が現れた。
「あ、戻ってきた。お帰りー工くん」
 怪奇現象が目の前で起こったと言うのに、ナマエはまるでロードワークから帰ってきた五色に声をかけるように気軽に手を振って五色を迎えた。
 五色の耳がピクリと動くと同時に、五色はナマエを直視する。
「ナマエさん今なんて言いました!?」
「お帰りー」
「その後!」
「え、その後……」
 あ、と声を上げた瞬間に顔を真っ赤にしたナマエは顔を近づけてくる五色から顔を背けた。
「ま、間違えたの!」
「はい、出ましたー。この全然関係が進まないやつ! もういいからそういうの! 本当にいいから! ナマエちゃーん。このままだとおばあちゃんになってもずーっと工と結婚できないよ」
「え!? 結婚!? 天童さんそれどう言う意味ですか!?」
「しーらなーい」
 頭の後ろで手を組んだ天童はそっぽを向く。ここからはもう天童の仕事ではないのだ。
「ナマエさん! 結婚ってどういうことですか!」
「て、天童くんのいつもの冗談だから!」
「ナマエちゃん!」
 天童に急かされるように名を呼ばれて背筋を伸ばしたナマエは、うー、と唸った後、意を決したような顔をして五色を見つめる。五色も負けじとナマエを見つめ返すと、ナマエは耐えられないと言った様子で目を逸らした。でも、ちゃんと、一言。
「工くん……」
「え? あ、へ……」
「だから、工くんって」
「はい! ナマエさん!」
 同じくピシッと背筋を伸ばした五色は閉じた口をプルプル震わせた後、ガッツポーズをしながら天を仰ぐ。
 二人の関係がこれで変わることもないのだろうけど、初々しいを絵に描いたような二人にしては及第点なのだろう。
 先が思いやられるよ、とひとりごちる天童であったが、優しい眼差しを二人に向けるのであった。