※五色を傷つけてしまった女の子の話。
※夢主が名前のないオリジナルキャラクターとキスをする描写がちょっとあり。
※五色がメンヘラ化。

 白鳥沢学園高校バレー部同窓会。伝統あるそれは毎年九月ごろにホテルの会場を貸し切って行われる。監督や歴代のOBたちだけでなく現役の選手たちも集まる、ちょっとしたお祭りのようなものだった。
 その同窓会に、私も高校生のときはきちんと出席していたけど、大学生になってからはしばらく顔を出していない。県外の大学に進学し、地元に帰る高い交通費を払ってまで同窓会に参加しようという気になれなかったのだ。
 社会人となり、毎年欠席で出していた同窓会のハガキに今年は行ってみてもいいかなぁ、と出席に丸をつけてみたのは、交通費をケチらなくてすむほど懐事情がよくなった、という理由からだけではなかった。休みの日に共に過ごすような友人も恋人もいなかったため、誰かと過ごすような予定を入れたかったのだ。皆と会うのは五年ぶり。カレンダーに同窓会と書いて、指折り数えながらその日を楽しみにしていた。
 白布たちは来てるかなぁ。会場の入り口で同級生たちを探す。立食形式なので、配置された丸テーブルを単位に人だかりができていた。さすがは男バレの同窓会といった様子で、体格のいい男性ばかり。チラホラといる女性は私と同じ歴代のマネージャーだろう。皆、普通体型なのに、大きな男性に囲まれているせいか小人のように見える。
 この中から同級生たちを探すのは一苦労だ。首を振って彼らを探していれば、何キョロキョロしてんだよ、と背中を小突かれた。振り返れば、昔と変わらずの仏頂面。
「白布! 久しぶり」
「久しぶり」
「今きたところ?」
 あぁ、と言った白布はずんずん会場へ進んでいく。一応はジャケット羽織ってきましたという感じの白布の背中に慌てて、ついていった。
「同級生、誰か見つけたの?」
「あ? 見つけてねーよ」
「え? じゃあ、どこ向かってるの?」
 聞いてみたけど、白布が向かっていた先を見れば、白布がどこを目指していたのかがわかった。前方には一際人の集まっているところがあった。その人だかりの中心には牛島さんがいる。世界で活躍する牛島さんは歴代OBを含めた中でも特別注目を集めるのだろう。
 白布は牛島さんのいるテーブルに向かうのかと思いきや、その隣のテーブルに落ち着いた。
「牛島さんのところ行かなくていいの?」
「人が多いからな。隙を見て挨拶に行くよ」
 それでこの配置か、と納得する。
 気は使うけど我は通したいらしい。白布は変わらないなぁ、と笑ってしまった。
 それから、白布と二人で、彼の大学生活のことや私の仕事のことなど、とりとめなく話していたら、川西や他の同級生たちもここに集まり、会話は盛り上がっていく。一通り皆の近況を聞いていくけど、最後には皆で口を揃えて、変わんねぇなぁ、と言って笑い合うのだった。そうこうしているうちに定刻になり、同窓会が始まる。高校時代に出席していたときのように、幹事の挨拶や監督の挨拶が行われ、乾杯が行われた。食事を交えながら、また、会話に花を咲かせる。時折、隣で発せられる舌打ちを聞きながら。
「牛島さんは相変わらず人気だね」
「まぁな」
 そう言って白布はまた舌打ちをした。
 牛島さんのところに隙を見て挨拶に行くはずだったのだけど、その隙というのがなかなか訪れないのだ。でも隙なんて探さず行っちゃえばいいのに、と思う。天童さんは人だかりをかき分けて中に入っていき、牛島さんに話しかけている。同級生だから、気兼ねなく行けるのかな。でも五色くんも普通に入っていっている。五色くんの場合は、途中で天童さんに捕まり、その他OBにもちょっかいを出され、牛島さんには到達できなかったみたいだけど。五色くんの可愛がられ体質は相変わらずのようだ。五色くんもその可愛がられに、背筋を伸ばして対応しており、時折、違いますよ! と大きな声が聞こえてくる。何が違うのか知らないけど、五色くんたちのその様子は高校時代に見た部活の休憩時間そのもので、五年という月日が経っても、皆は変わらないんだなぁ、と安心した。
 その時、ふとこちらを向いた五色くんと目が合う。反射的に微笑み返したのだけど、すぐに目を逸らされてしまった。目が合ったと思ったのは気のせいだったのかな。もしくは、OBの先輩たちに声をかけられたのかもしれない。先輩たちに向き直った五色くんは口を開けて笑っていた。
「おい」
 白布に背中を小突かれ振り返る。
「何?」
「今のうちに監督のとこ、挨拶行くぞ」
 白布にそう言われて、監督のいたテーブルを見ると、先ほどまで監督を囲っていた大きな人だかりが少しばかり小さくなっていた。挨拶に行くなら、今がチャンスかもしれない。
 持っていたグラスをテーブルに置いたのだけど、あっ、と思い出す。他の同級生にも声をかけようとしていた白布に、慌てて、待って、と伝えた。なんだよ、と白布は訝しげに眉を寄せる。
「お化粧直してきてもいい?」
「別に来たときと変わってねーよ」
「気持ちの問題なの!」
 久しぶりに恩師に会うのだから、きっちりしたいのだ。
 ちょっと待ってて、と言ってポーチを持って会場を出た。

 お姫様が使うようなホテルのお化粧室で鏡を覗く。白布は来たときと変わっていないと言っていたけど、やっぱりファンデーションはヨレているし、口紅は完全に取れていた。
 もう、几帳面なくせに適当なんだから、と一人呟いて、そういえば高校時代も全く同じ文句を言ってたなぁ、と頬が緩む。あまり時間をかけていたら、白布に怒られそうなのでお化粧直しは必要最低限に留めた。鏡の中の私と向かい合い、よし、とこぼしたら、ポーチを持ってお化粧室を出る。
 お化粧室を出ると、廊下を進んだ先で五色くんが壁に寄りかかって立っていた。お化粧室に来るときは誰もいなかったので、ちょっとびっくりする。誰かを待っているのだろうか。この先には女性用のお化粧室しかないのだ。男性用は会場を出て反対側に曲がったところにある。でも、女性用のお化粧室には私しかいなかったような。首を傾げていると、五色くんが、こちらを向いて、ニコリと笑った。彼の切り揃えられた前髪がサラリと揺れる。五色くんは私に用があったのだろうか。微笑みながら私に近づいてきた。私も五色くんに駆け寄った。
「久しぶり、ごしき――」
「ナマエさん、今彼氏いるの?」
「え……なんで? いないけど……」
 挨拶をないがしろにしてまで、どうして急にそんなことを聞かれたのだろうか。そう思った瞬間、腕を引っ張られたかと思えば、五色くんの腕の中にいた。
「え? 何?」
 顔を上げれば、瞳を閉じた五色くんの顔があり、抵抗する間も無く唇を奪われる。何もかもが突然すぎて、何が起こっているのかわからない。動けないままでいると、五色くんに唇を啄まれ続けた。熱い舌がねっとりと入ってきそうになり、ようやく、やめて、と五色くんを押し離す。
「えと……なに? 五色くん?」
「あなた、こういうの好きでしょ」
「――え?」
 先ほど会場で見かけた、昔と同じだなぁ、と安心させてくれた五色くんはもうどこにもいなかった。五色くんは見たことがないほど妖艶に笑った。
「俺、あなた好みの大人になったと思うんですけど。どうです? また俺と付き合ってみません?」
「え? 五色くん? 急になに? どうしたの?」
「忘れたの? 物足りないって言って俺をフったのはあなたでしょ」
 そう言われて思い出した。それは高校生の頃のことだ。私たちは一ヶ月だけ付き合っていた。五色くんから告白をしてくれたのだ。当時、高校一年生だった彼は、好きです! と、頬を赤らめながら半ば叫ぶようにしてその思いをぶつけてくれたのだった。
 誰かに告白をされたこともなければしたこともなかった、そのときの私は好きな人はいなかったけど、恋というものに猛烈な憧れがあった。親しかった友人に彼氏ができたからかもしれない。その子はよく恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに彼氏の話を聞かせてくれていた。それは少女漫画のように胸がときめくような話ばかりで、その子には何気ない日常が輝いて見えているんだろうなぁ、と憧れずにはいられなかった。
 私も誰かと付き合えば、退屈な日常が素敵なものに変わるのだろうか。
 五色くんが告白をしてくれたのは、そんなことを考えていた時期のことだった。
 とにかく彼氏が欲しかった私は五色くんの付き合ってください、という申し出に二つ返事で承諾したのだった。
 でも、五色くんは付き合ってからも、ずっと、五色くんのままだった。照れた様子で挨拶をしてくれるだけ。それは私が憧れていた恋人の姿とはほど遠いもののように思えた。
 なんだか想像していたのと違う。こんなはずじゃなかったのになぁ、と一人で、もやもやを抱えていると、今度はクラスメートの男の子に告白をされたのだった。どうやら彼は私に彼氏ができたと聞いて、慌てて、告白をしてくれたらしかった。とはいえ、私には一応五色くんという彼氏がいる。好きでも何でもない彼の告白を受けるつもりはなかった。だから、断ろうとしたのだけど、その前に彼に無理やりキスをされたのだ。彼のことはなんとも思っていなかったけど、彼と唇が合わさった瞬間、これだ、と思った。胸が高揚して、何も考えられなくなって、唇が合わさったその一瞬、時が止まったような気がした。きっと、私が求めていたものはこれだったのだ。彼の唇が離れると、私を取り巻く世界は変わっていた。先程までただのクラスメートだった彼がキラキラと輝いて見え、気がつけば、私も好き、と言っていた。
「ごめん。別れて」
「え……なんで……」
 五色くんは顔を悲痛そうに歪ませた。クラスの男の子から告白をされたその翌日、部活が終わってからのことだった。
 なんで、と言われて新しく彼氏ができたから、とは言えなかった。悪者になんてなりたくなかったのだ。それに、もとはと言えば五色くんが悪いのだ。五色くんがいつまで経っても私の世界を変えてくれなかったから。
 そうして、私の口から出てきたものが例の言葉だった。
「五色くんだと物足りないの……」
「物足りないってなんですか! 俺はあなたが好きで……大切で……」
「そういうんじゃなくて……」
 好きとか、大切とか、そういうものが欲しいんじゃなかった。それがどれほど価値のあるものかなど知らずに、そのときの私はただ恋がしたかっただけなのだ。
「とにかく五色くんだと物足りないの!」
「だから物足りないって……なに……」
 五色くんは頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。でもそれだけ。強引に私を手に入れようとしてくれない。そんな傲慢なことを考えていた私は五色くんを置いてその場から立ち去った。
 もちろん、新しい彼氏とはうまくいかなかった。やめて、と言っているのに外で体を触られ、たまらず彼の頬を叩いてしまい、それこそ付き合って一ヶ月で別れた。
「今の俺ならあなたを楽しませることができると思うんですけど」
 大人になった五色くんは私の知らない笑顔で笑う。思わず、後ずさってしまうが、一歩、二歩と後ずさった分、一歩、二歩と五色くんが近づいてきた。すぐに背中に壁が突き当たる。どうしよう。笑顔を浮かべながらも暗い泉のような瞳で私を見つめる五色くんが怖い。とりあえず、五色くんから離れなきゃ。そう思ったとき、顔の横で手をつかれた。耳元で大きな音が鳴り肩を上げる。
「また俺から逃げるの?」
「逃げるってわけじゃ……」
「じゃあ、俺を受け入れてよ」
 顔を大きな両手に挟まれる。再び、瞳を閉じた五色くんが近づいてきた。拒まないと、と思ったけど、さっき耳元で鳴った大きな音のせいで体が硬直してしまい、逃げることができなかった。柔らかな唇が触れる。角度を変えて何度も吸い付いては離れてを繰り返された。とても優しい触れ合いだった。五色くんの思いが伝わってくる。きっと、それは、あのとき――高校一年生の五色くんが髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら物足りないって何、と聞いてきたあのとき、五色くんが伝えたくても伝えられなかった思いなのだろう。受け止めきれないほど重く、泣いてしまいそうなほど切ない思いだった。今度は素直に五色くんの舌を受け入れる。口の中で生々しい音が響くたびに、体から力が抜けていき舌は深く絡まっていった。
 五色くんが顔を上げる頃には五色くんも私も息が上がっていた。頬を包まれたまま見下ろされる。
「好き。ずっとあなたを忘れることができなかった。今度は退屈させない。だからまた俺と付き合ってよ」
 もう、恋に夢を見ていた頃の私はいない。
 でも、泣きそうな顔でそう言われてしまい、うなづくことしかできなかった。