――ああ、追いかけている。
君を見ると、優しく細められたその瞳は、いつもある人物を追いかけ、揺れ動いていた。
その動きに、何度も知らないふりをしてきたけれど、君がするように俺も君を追いかけてきたから、その度に、君の瞳や微笑む声はすべて自分の親友に向けられているのだと思い知った。
君を想えば想うほど、俺の中に君の気持ちが刻まれていく。
君はそんなにも、大地のことが好きなんだねと。
部活が終わり、一度は帰路に着いた俺だったが、忘れ物をしたことに気づき慌てて部室に引き返した。
まだ鍵絞められてねーかなと心配したのは杞憂で、校舎の角を曲がると未だ明かりのついた部室が見えた。よかったよかったと胸をなでおろし、急いでいた歩みも徐々に遅くなる。自分のことはさておき、こんな時間まで部室で何やってんだよとのろのろ階段を上り、ドアノブに手を伸ばしかけたとき、「大地」と呼ぶ彼女の細く掠れた声が、俺の手を止めた。
息を呑む。この先は聞いてはいけないと頭ではわかっていたのに、体が動かなかった。
「好き、です」
その声は、ひどく切なげに聞こえた。
思わず俯く。
こんな日が来ることは分かっていたのに、胸がひどく締め付けられる。
「ありがとう」
穏やかに発せられた大地の言葉に、今すぐにこの場を去りたい衝動にかられた。
けれど、それをしなかったのは、どこかで期待していたから。
「でも、ごめんな」
大地の、その言葉を――
「今は自分に余裕がないんだ」
そう言った大地が困ったように頭を掻きながら笑っているだろうことは容易にうかがえた。しかしその姿とは裏腹に、その瞳はいつだって力強くあの場所を見ていて、迷いはないのだろうということを俺たちは知っている。だから、大地は俺たちの主将なんだ。
大地らしい、断り方だと思った。同時に、そのらしさに安心している自分がいた。そんな俺だからずっと彼女を追いかけてこられたのだ。それは、嫌になるくらいどろりとした黒い気持ち。
「そうだよね。知ってたよ。こちらこそ変なこと言ってごめんね」
そういう彼女の表情が、ありありと浮かんできて、泣きたいくらいに愛おしかった。
それなのにこんな時でさえ、何もできずにいるのは、痛いほど知っているから。
彼女が、どんなに大地を想ってきたかを。
俺は、伸ばした腕をそっと引き、踵を返した。
それでもやはり、ああ。追いかけている。
その翌日も、その翌々日も、君の視線は大地の動きに合わせて、揺れ動く。
そして、淡く微笑み、切なそうに瞳を細める。
俺も今の君と同じ顔をしているのだろうか。そして、俺が想うように君もきっと、大地のことを想っているのだろう。
その気持ちに誰も触れることはできない。
だから、俺は今日も君に何も言えないまま。胸を引き裂くこの想いをぎゅっと抱きしめて。君を追い漂う。