※チョコレートの箱を見つけたところから始まります。

「やっぱチョコレート持ってるやん! なんで俺にくれへんねん!」
 叫べば、ぴたりと足を止めたナマエちゃんは、はぁ? と不機嫌そうに振り返った。
「なんで侑くんにチョコあげなくちゃいけないの?」
「はぁ? じゃぁそれ誰にあげるつもりやねん」
 ナマエちゃんは虚を突かれたような顔をして黙り込む。何も返してこうへんってことはやっぱそれ俺のなんや。
「ほな、はよくれや。こっちもそんな長いこと待たれへんねん」
 いつからこの日を楽しみにしとったと思ってんねん。こちとら正月が終わって、街がバレンタインの赤一色に染まった時から、まだか、まだかと待ってたんや。
 ほれ、とナマエちゃんに手を差し出すが、ナマエちゃんは渋い顔をしたまま動かない。
 そら意地っ張りも可愛いけど、ここまでお膳立てしたったんやから、そろそろ素直になってくれてもええころやろ。思わず、はぁとため息をつく。
「めんどくさいなぁ。なぁに今更照れとんねん。俺にチョコレートもらって欲しいんやろ? せやから、もらったるっていうてんねん、ほれ」
 更に手のひらを突きつける。
 ナマエちゃんは俯きプルプル震え出す。恥ずかしいんか、横髪から覗く耳の先端は赤く染まっている。
 けど、もう待たれへんという思いが俺を饒舌にした。
「はよ、せーや」と続ける。
「もう部活始まってまうやろ。部活始まったら渡せへんし、終わったら帰るだけやん。腹も減ってんのにそっから今みたいにうだうだされるとめんどいねん」
 せやから「はよ、せーや」と手のひらを突きつける。
「俺が今もらったるわ」
 ついでにナマエちゃんの気持ちもな、と心ん中で付け足した。
 その時だった。
「そこまで言うならくれてやるわ!」という言葉と共に赤い箱が顔面に向かって飛び込んでくる。それが例のチョコレートの箱だと気づく頃には、鼻に激突する寸前で、慌てて片手でキャッチした。
「あぶな……」
 箱をキャッチした手を下ろすと、ナマエちゃんはピッチャーが球を投げた後のような状態で息を荒げていた。
「これで満足!?」
 一瞬何が起こったんかわからんくて、手の中にあるずっと欲しかったもんとピッチャーみたいなナマエちゃんを見比べる。
 そして、現状を理解すると、
「はぁ!?」
 でかい声を出していた。頭にカッと血が昇る。
「なにすんねん! チョコを投げつける女がどこにおんねん!」
「ここにいますぅ」
 わざとらしく語尾を伸ばされ、もう引き返せない。引き返すつもりもさらさらない。わなわなと震え出し、腹の底からこみ上げてくるもんに任せ、まくしたてた。
「お前には情緒ってもんがないんかい! 情緒ってもんが!」
「侑くんに情緒なんて語られなくないよ!」
「なんやねん、照れてるんかと思って――」
「照れてないもん!」
「照れとったやろ! せやから俺が渡しやすいように雰囲気作ったったんやろが!」
「全然作ってなかったよ! めっちゃ上から目線でチョコねだってただけじゃん!」
「ねだってなんかないわ!」
 俺らはすでにいつものような体勢になっていた。俺が見下ろし、ナマエちゃんが見上げ、鼻と鼻を合わせながら、じりじり睨み合う。
 この体勢に入ると口が勝手に動いてまう。
「ほんま可愛くないな!」
「別に可愛くなくて結構ですぅー」
「なんやと! そういうとこやぞ! そういうとこ!」
 しばらくナマエちゃんとがんを飛ばし合っていたが、息を合わせたように、お互いふんと鼻を鳴らして顔を背けた。
「もうええわ! ほな、またな!」
「はいはい、またね!」
 そう言い合い、歩いていくけど、またなといった筈のナマエちゃんがついてくる。
「なんやねん、ついてきて。どうせ俺に未練があんねやろ」
「そんなわけないでしょ。私もこれからこっち行くの。そっちがついてこないでよ」
「俺かてこっちに用があるんですぅ」
 肩でお互いを小突き合いながら体育館へ向かって歩いて行く。
 結局、体育館までの広い道を、真ん中でぎゅうぎゅうに押し合いながら歩いていき、ロッカールームの前で、再びふんと鼻を鳴らして別れた。
 男用のロッカールームに入ると、ナマエちゃんと押し合っていた肩が急に寂しくなる。さっきまで全力でナマエちゃんを押していた力も足の裏から地面に吸い込まれていき、何か重たいものがずーんと肩にのしかかってくる。
 がくっと扉を背にして座り込んだ。便所座りのようにケツを落とすと、頭を抱え、あぁ、と深い息を零す。
「またやってもうた……」
 ナマエちゃんを見かけるまではこんな風になるとは思ってなかった。今頃、両思いやってことが判明して、幸せエンドをやっとるとこやったのに。なんでこうなってもうたんやろ。
「うわっ、何、侑。扉の前に座り込んで、超邪魔なんだけど」
「角名ぁ……」
 しゃがみこんだまま後ろを見上げれば、ロッカールームに入ってきた角名が迷惑そうに俺を跨ぐ。
 跨がれながら俺は情けなく聞いた。
「なぁ、俺、もしかしてナマエちゃんに嫌われとんのかなぁ」
「何? 今更気づいたの?」
 ぷっと笑いながら角名は自分のロッカーへ歩いていく。
 なんやねん、その態度。腹立つな!
「そんなわけないやろ! ナマエちゃん、絶対俺のこと好きやもん!」
「はいはい、妄想お疲れ様」
「妄想とちゃうわ! 事実や事実!」
 勢いよく立ち上がり角名に詰め寄る。角名はまためんどくさそうに、はいはい、と流す。すると、後ろから銀の間の抜けたような声が聞こえてくる。
「はよ、着替えて体育館行かな北さんにどやされるでー」
「わかっとるわ!」
 返しながら、ネクタイに指をかけ力任せにシュルっと解いた。
 こん時の俺は考えてもみんかった。
 まさか、壁を隔てて隣にある女子ロッカールームでも、ナマエちゃんがさっきまでの俺と同じように頭を抱えていたなんて。

「お腹すいてる時に悪いんですけど」
 部活が終わり、ジャージのままスポーツバッグを肩から下げ、寮へ帰ろうとロッカーを出たら、ナマエちゃんに話しかけられた。
「先行っとるでー」
 他のやつらは校門へ歩いていく。明かりの消された体育館の前で俺たちだけが残された。
 何の用で話しかけられたんかさっぱりわからなくて、さらに腹も減っており、自分で言うのもなんだが、態度はあからさまに悪かった。
「あ? なんや?」
「その……部活前に渡したチョコレートのことなんだけど……」
 渡したんやなくて、投げつけたの間違いやろ、と言いかけた。しかし、言えなかった。きゅっと唇を結び、信じられへんもんを見るような気持ちで目を見開き、ナマエちゃんを見つめる。
 電灯に照らされたナマエちゃんは、右ひじを左の手で掴んで気まずそうにそっぽを向いていた。でも見せつけるようにしているその頬は薔薇色に染まっている。
 うわっ、カワイ。
「なになに、どないしてん。珍しく女子みたいな顔をして」
 顔をニヤつけさせながら軽口をたたく。でも期待に膨らんだ胸の内側では、心臓がうるさいくらいにバクバク、バクバクなっていた。
 日はとうの昔に暮れたが今日はまだ二月十四日――心ときめくバレンタインデーや。