※三角関係。
※名前のないオリジナルキャラクターとして、侑と親密な幼馴染(少し口が悪い)が登場します。
部活が束の間の休憩に入った。タオルで汗を拭きながら体育館を見渡し、見つけたミョウジさんのところへ向かう。ミョウジさんはちょうど部員たちにボトルを配り終えたところだったようで、クーラーボックスを両手で閉めると、一仕事終えたようにふぅっと息をつき立ち上がった。
ミョウジさんからドリンクを受け取った部員たちはコートを囲むように体育館の壁際に散らばっており、おのおので水分補給をしたり汗を拭いたりしている。みんな疲れ切っている様子で雑談をする人はいない。体育館はしんとしていた。そんな中、コートでは侑が一人残っていた。練習時さながら集中しているようで、神妙な面持ちでボールを手に挟み、エンドラインのところに立っている。どうやら最近ジャンプフローターの練習を始めたらしく、ここしばらくは休憩時間になってもこうして一人でコートに残っている。
「ねぇ」
ミョウジさんの隣に立ち話しかけた。
「なに?」
ミョウジさんは前を向いたまま答えた。ミョウジさんの視線の先では、侑がちょうど助走を終えジャンプをしたところで、彼女の顎が侑を追いかけるようにくいっとあがる。
俺はその横顔にまた話しかける。
「本当に俺でよかったの?」
「何が?」
「付き合う相手」
ボールが床を叩く音が響き渡る。ミョウジさんは恥ずかしそうにパッと下を向く。横髪が彼女の顔を覆い隠す。
「いいも何も……」
ミョウジさんはごにょごにょと口の中でしゃべる。
「角名くんこそ私なんかでよかったの? 角名くんはかっこいいし、優しいし。私なんかにはもったいないよ」
ミョウジさんは胸の前で両手の指と指をあわせ、背中も丸め、殻に閉じこもってしまったようだった。昨日、部活終わりに告白をしたときも、彼女はこんな感じだった。なんで私? と恥ずかしさや自信のなさを滲ませながら俯いていた。そんなことする必要ないのに。
俺にはミョウジさんしかいないんだけど。
そう口にしようとしたが、邪魔をするように侑の声が体育館に響き渡った。
「なぁ! 変化してた!?」
ミョウジさんが弾かれたように顔を上げた。しかし侑が話しかけた相手はミョウジさんではない。
うちの部にはもう一人、マネージャーがいる。侑の幼馴染だ。侑とネットを挟んで対面側のコートにいた彼女は呆れたように肩をすくめた。
「聞かんでも分かるやろ。めっちゃボール回転してたやん。びっくりするほどただのジャンプサーブやったやん。しかも普段より威力が減ってた分、めっちゃへぼサーブやったで」
「はぁ!?」と返した侑の声は明らかに不機嫌だった。
「もっと言い方ってもんがあるやろが!」
「はぁ?」
侑と同じように彼女の声色もとげとげしくなる。
「ちゃんと教えたったんやろが!」
「そんなん頼んでへんわ!」
「頼んどったやろ! わざわざ私にこっちまで来させて、ちゃんと見といてやって頼んどったやろ! もう忘れたんかい!」
そうやって人目もはばからずネットを挟んでうるさく応酬を繰り返す。体育館にいる誰もが、迷惑なカップルを見るように白けた目をして彼らを見ていたが、ミョウジさんだけは穏やかに笑っていた。でもその横顔はどこか寂しそうで、何かを諦めたようだった。
――ねぇ。
本当に俺でよかったの? 侑じゃなくて?
なんて聞けば、ミョウジさんは困るだろうか。いや、きっと、なんでここで侑くん!? と言って慌てふためくのだろう。自分の気持ちに気づいていないのだ。無意識のうちに、閉ざしてしまっているのだ。自分を守るために。
だから、どうか、そのまま気づかないで。
俺も前を向き、いまだ公の場で恥じらいもせずじゃれ合っている二人へ視線を向けながらわざといじわるなことを言った。
「あの二人ほんとお似合いだよね」
「うん、そうだよね」
その言葉はまるで自分に言い聞かせているようだった。
「俺たちもあんな風になれたらいいね」
「そうだね」
「喧嘩はしたくないけど」
「はは、そうだよね。角名くん怒ると怖そうだし」
「そう?」
「うん、だって普段優しい人ほど怒ると怖いっていうじゃん」
「なにそれ。優しいって、結局俺のこと褒めてくれてんじゃん」
「そうかな?」とミョウジさんは前を向いたまま微笑む。コートではまだ侑たちがやいやい言っている。うるさいな。心の中で毒づきながらも、俺もミョウジさんへ微笑み返す。
「とりあえずこれからもよろしくね」
「うん、よろしく」
ミョウジさんは眩しそうに眼を細め、コートの二人を見ながら言った。
集合と北さんから号令がかかる。じゃあねと言い、ミョウジさんを置いてコートへ歩き出す。歩きながら、はぁとため息をついた。
結局、休憩の間、ミョウジさんは一度も俺のことを見てくれなかった。ずっとコートにいる侑たちを眺めてばかりだった。俺はずっとその横顔に話しかけていた。いつものことだけど。
でも今はそれでいい。ずっとずっとミョウジさんのことが好きだったから。侑のことが好きでもちゃんと好きだったから。これからもそれは変わらない。でもミョウジさんは変わっていくだろう。あの二人を眺めたら、眺めただけ、気づかないうちに傷を負っている。そのうち、その傷を癒すために俺を利用するようになるだろう。別にそれでいい。本当に好きな人の代わりとして俺を使えばいいのだ。だけど確実にミョウジさんの心は荒んでいき、いつかあの二人を直視できなくなる。そうしたら俺の腕の中に堕ちてきて。その時は涙にキスをして、優しく抱きしめてあげるから。