その日、私はお部屋のソファで三角座りをしながらスマホと睨めっこをしていた。うーん、と唸っていれば、今日も泊まりに来てくれていた五色くんがどかりと隣に座ってくる。
五色くんは、丁度お風呂から上がったばかりだったようで肩にバスタオルをかけており、髪をしっとりと濡らしていた。
「どうしたんですか?」
五色くんは私が見ていたスマホを横から覗き込む。その拍子に、五色くんの髪の毛から雫が滴り、冷たいものが首筋にポタリと落ちてきた。びくっと肩を上げる。あ、すいません、と言って五色くんは肩にかけていたバスタオルで私の首筋を拭い、半乾きの髪の毛をガシガシと擦り始めた。私は、いいよ、と返し、またスマホに視線を戻した。
「一緒に住むとこ探してたんだけど、お部屋は二つ欲しいよね……」
「え? なんでですか?」
「寝室分けたいじゃん」
「え! なんでですか!」
五色くんの大きな声にびっくりする。五色くんに向き直ると、髪の毛を拭いていた手をピタリと止めた五色くんは信じられない、と言うように目を丸めていた。私はそんなにも驚かれるようなことを言っただろうか。たじたじになりながら、五色くんに返す。
「寝室、分けた方がゆっくり寝られると思って……」
「別々の方がゆっくり寝られないですよ!」
「そう?」
一緒だとゆっくり寝られないと言うならまだしも、別々で寝る方がゆっくり寝られないなんてあるのだろうか。
そう突っ込む隙もなく、捲し立てられる。
「絶対別々は嫌です! 新婚なのに既に家庭内別居になってるじゃないですか!」
「そうかなぁ」
別々の部屋で寝るだけで、家庭内別居ってことになるのだろうか。
「それに寝室別々にしたらセックスはどうするんですか! セックスは!」
そんなに明け透けにセックスなんて言葉を連呼しなくてもいいのにと思う。どっちかのベッドですればいいじゃん、と返せば、五色くんはじっとりとした視線を寄越してきた。
「そんなのムードがないじゃないですか……」
たしかに、事前に約束をして、セックスをするために、寝室に入っいくどっちかの背中に、どっちかがくっついていくというのは少し滑稽だ。約束をしていなくても、私が寝室に入っていく時に五色くんがくっついて来たら、あ、五色くんセックスしたいんだなぁって思ってちょっと笑っちゃう気がする。
だけど、先程、あんなにセックス、セックスと大きな声で連呼していた五色くんはムードなんて気にしたことがあるのだろうか。
なんて思っていると、五色くんはますます目を細めた。
「そのムード作りなんてしたことのない人間がムードなんて言葉を口にするな、みたいな顔、やめてください」
そこまで酷いことは思っていないけど。
ぷっと笑うと、むぅ、と五色くんは頬を膨らませる。
でも、改めて考えてみると、五色くんはロマンチストだし、思い返せば、一応はこれまでも雰囲気作りを大切にしてくれていたように思う。今までベッドに入ってから行為までの流れは自然だった。ベッドに入れば、後ろから抱きしめられ、首筋にキスを落とされ、くすぐったさに身を捩っているとパジャマには大きな手が入ってきて、指先が触れるか触れないかのような力加減でお腹を張っていく。ゾワゾワとした感覚に襲われ、振り返れば、甘いキスに飲みこまれ、いつの間にか、スイッチを入れられさせられていた。その時に、私を見つめる五色くんの熱っぽい瞳までも思い出すと、体が疼きそうになり、慌てて首を振った。
今はお部屋探しだ。
画面に映していた2LDK の間取りへ視線を落とす。1LDK なら大丈夫そうなのだけど、2LDK にもなると、少し家賃が高いなぁ、と思っていたところだったのだ。それにも関わらず、2LDK にしようと思ったのは、寝室を別々にして私がゆっくり眠りたいからというよりも五色くんがゆっくり眠るためにそうした方がいいと思ったからだ。体を資本とする仕事をしている五色くんを優先してあげたかった。今更かもしれないけど、ただ好きな人という位置付けだった五色くんが、今更、かけがえのない大切な人となり、自己満足であっても、五色くんのために何ができるか考えたいし、できることはしてあげたかった。五色くんが喜んでくれたら、私も嬉しいし、五色くんが悲しんだら私も悲しいのだ。
それは初めて経験する感覚だった。
でも、五色くんがこんなにも真剣に寝室は一緒がいいと言うのなら、一緒でもいいかな。
私も五色くんと一緒に眠りたいし。
「じゃあお部屋は一つでいい?」
「一つあれば十分です!」
五色くんは鼻を膨らませた。
「じゃあ一つで探しとくね」
「俺も探しときます!」
「ありがとう」
そう言ってまたスマホの画面に戻ろうとすると、肩に腕を回され、五色くんの濡れた髪の毛がひんやりと首筋に押し当てられた。
「ナマエさんと一緒に暮らせるの楽しみです」
「私もだよ」
五色くんの艶のある黒髪を梳かすように撫でてあげた。
「髪乾かしてあげるよ」
「ありがとうございます」
顔だけこちらに向けた五色くんは穏やかに笑う。それは五色くんが最近よく見せてくれるようになった幸せそうな笑顔だ。他人は自分を映す鏡だと言う。私もこんな顔で笑っているのだろうか。
昔は、結婚できなくてもいいかなぁ、と心のどこかで思っていた気がする。きっと、そういう幸せとは無縁だと思っていたのだ。でも隣にいる人が私をそこへ連れて行ってくれた。
今も結婚にこだわっているわけではないのだけど、結婚した先に、五色くんと過ごせる時間が続いているのならそれは素敵だなぁ、と思うのだった。
机にスマホを置くと、どちらからというわけでもなく、キスをする。顔の横から髪の毛へ手を差し込まれ、唇を啄みあい、舌を絡めあい、好き、と囁かれて、私もだよ、と返す。
そうして紡いでいく時間をこれからも五色くんと一緒に生きていきたい。