ガタンゴトンとうるさい田舎の電車でのことだ。
 窓から差し込む光が、北の髪の上でキラキラと踊っていた。その髪は雪のように色素が薄く透けているようにも見える。北の正面に座る子どもは、北の髪が放つ白銀の光を興味深そうに眺めていた。子どもの視線に気がついたのか。後ろの窓を眺めていた北は子どもに向かって柔らかな微笑みを返す。しかし、びっくりした様子の子どもはそっぽを向いてしまった。どうやら、ふられてしまったらしい。それでも優しく微笑んだ北は窓の外へ視線を戻した。慌ただしく過ぎ去っていく景色は先程まで、田園ばかりだったのに、いつの間に街に入ったのか、ぎっしりと住宅が並んでいた。目的地はもうすぐだ。北が息を吐くと、窓が白く曇った。

 電車を降りた北は流れゆく人混みから抜け出し、ホームの壁際でズボンのポケットからスマートフォンを取り出して時刻を確認した。バックライトを点灯させたスマートフォンには時刻の下に新着のメッセージ通知が表示されていた。どうやらこれから会う人物からメッセージが来ているようだ。通知をタップしてメッセージの中身を確認する。
“全部北くんのおかげだよ。ありがとう”
 テキストボックスに思ったままを打ち込んでいった。
“俺はあいつらの居場所を教えただけや。あいつらと会えたんも侑に思いが通じたんも全部ミョウジさんがちゃんと行動したからやで。良かったな”
 すぐに、ありがとう、と返ってきた。久しぶりに会う彼らの顔を想像すると、思わず、ふふっと笑ってしまい、視界を白いモヤが覆った。

 おにぎり宮、と書かれた暖簾をくぐって扉を開くと、いらっしゃいと声がかかる。
「おぉ、北さん! お久しぶりです!」
 すっかり見慣れた黒髪の店主が瞳を輝かせると、店の奥に座っていた二人の客は彼の声に反応したかのように、北へと視線を向けた。店主の片割れと先程連絡をくれた彼女だ。十五時という、飲食店にとっては中途半端な時間だからか、どうやら店内に客はこの二人だけらしい。
「北さん! お久しぶりです!」
 立ち上がった侑は髪色と同じように眩しい笑顔を向けてくる。侑と同じように立ち上がった彼女も昔と変わらぬ穏やかな笑顔を向けてくれた。
「あんな、北さんは俺の――」
「久しぶり。北くん」
 侑とナマエの声が重なり、侑と治は、さすがは双子といった様子で、同じタイミングで目を見開き、北に向かって片手を上げたナマエに顔を向けた。
「え? なに? なにが起こっとんの? ナマエちゃんは北さんのなんやの?」
「ミョウジさんは北さんの知り合いやったん?」
「えっと、それは……」
 北は言い淀むナマエを見てため息をつく。
「お前らもミョウジさんのこと知っとるやろ」
 双子は首を傾げた。
 そうだろうとは思っていたが、やはり、そうだったらしい。期待を裏切らない二人にナマエを少し不憫に思った。
「ミョウジさんは俺らん代の吹奏楽の部長や……」
 ん? と首を傾げた双子はきっと、頭の中で学生時代に見上げた客席を思い出しているのだろう。そして、同時に、あーと納得したかのように声を上げ、手のひらを拳でぽんと叩いたかと思えば、あろうことか、二人して、ナマエを指差し叫んだ。
「あの地味子ちゃん!」
「失礼やろ。あと指差すな」
 身近な時間にして、二度目のため息がこぼれた。
 北はナマエのことを地味などとは思ったことはないが、確かに学生時代の彼女には大人しい印象があった。責任感を持って部長に取り組んでいるようだったが、人前に出ると赤面し、偉そうな態度を取る双子の前では小さくなってばかりだったように思う。
「せやったんや……でもなんでナマエちゃん、そのこと言うてくれんかったん?」
「言い出すきっかけがなくて……それに、何回か話したことあったし……」
 俯く彼女は、随分と垢抜けたが、本質はあの頃と変わってはいないのだろう。困っているか。それとも恥ずかしがっているのか。頬を赤くしている。
 ナマエの顔を覗き込んだ侑はニヤニヤと笑い、からかうように言った。
「もしかしてナマエちゃん、俺のこと高校のときから好きやったん?」
「そうだよ」
「あ、え……そうなんや……」
 先程の発言を訂正しなければならないのかもしれない。自分の意見を口にしたナマエは顔を上げて真っ直ぐに侑を見据えていた。ナマエと目を合わせた侑は慌てた様子で目を泳がせ始めた。落ち着かない様子で頭をボリボリとかき始めたが、しばらくして再び彼女に視線を戻すと、だらしなく頬を緩ませ、再び、そうなんや、とこぼす。
「なんやねん、その反応。キモっ」
「うっさいわ! クソサム!」
 侑が怒鳴ると、ナマエはクスクスと笑う。
 北は学生の頃からナマエが侑に好意を抱いていることはなんとなく感じ取っていた。しかし、ナマエから侑になにかアプローチをかけている様子はなかったので、彼女の恋は誰にも明かされることなく沈んでいくという、よくある恋になるのだろうと思っていた。
 なにが彼女を変えたのかは知らぬが、いきなり侑の所在を教えて欲しいと彼女から連絡が来たときは驚いたし、少し心配に思った。彼女と侑の相性は良いようには思えなかったからだ。しかし、それは杞憂に過ぎなかったのだ、と侑の優しく細められた瞳を見て悟った。
 侑はナマエに抱きつく。
「ナマエちゃん、大好きや! 一生大事にする! ずっと俺のそばにおってくれ!」
「どの口が言うとんねん」
 治の言葉に一度は苦笑したナマエだったが、幸せにいっぱいの笑顔をこぼして侑の背中に手を回した。
「ありがとう」
 侑から離れたナマエは北に目配せをしてくる。まだこの子は北のおかげで侑と結ばれた、と思っているのだろうか。先程メッセージを送ったように、北はなにもしていないと言うのに。ありがとう、と言ってきたナマエに、しょうがないから、ええよ、と返してやった。満足そうに彼女は笑う。
 どうか、その笑顔がずっと消えませんように。そう願う必要もないのだろう。北を見て背筋を伸ばす侑に笑ってやった。