色づく唇

※ヒロイン王都の関係者(イグニス達と同位くらい)
※イグニスと恋人





「俺は食材の買い足しをしてくる」

「手伝わなくていい?」

「ああ、俺だけで十分だ。…なまえは子守をしていてくれないか」

「ふふっ、了解!」



少し長かった車旅、ようやくレスタルムに到着してとても眺めの良い駐車場に車は停まった。
体をぐっと伸ばしたり寝起きで大きな欠伸をこぼしたりしながら車を飛び降り目の前に広がる景色へと向かう3人の後に、イグニスとわたしは車を降りる。

イグニスの言葉を聞いてそれならば自分もと提案するものの、あっさりと断られてしまった。彼の視線が向けられた先には、手すりに寄りかかって景色を眺める最年少組2人とその背中を大きな手のひらで押して落としてやろうと脅すグラディオ。
わたしに任された役を理解するとピッと片手を指先まで伸ばして額に当てる。おちゃらけた敬礼の真似に、イグニスも小さく笑ってくれた。



「…なるべく早く戻る」

「っ!、いってらっしゃい…!」



それはもう一瞬、瞬きをしたその僅かな時間にスッとイグニスが距離を詰めていて、誰も見ていないのを良い事に額に口付けられた。
思わず驚いた顔をしてしまって、それに気付いたイグニスはふっと柔らかい笑みを浮かべて体を離し市場の方へ歩いて行った。

そう、イグニスとわたしは恋人関係にある。
幼い頃からずっと片思いだと思っていたのが実はイグニスも同じだったという事が発覚したのは数週間前。旅を始めた数日後だった。
こんな旅の中で恋愛なんて邪魔になってしまうかもしれないけれど、イグニスは王に使える身。いつ何が起きてもおかしくない立場にある。わたしも旅が終わればずっと一緒にいられるとも限らない。それならば今この時間をできる限り大切にしよう、そう話し合って決めたのだ。

イグニスは冷静で切り替えのできる人だから、旅路や戦闘に引きずったりしない。普段は全く恋人なんて嘘なんじゃないのかと思うくらいドライな接し方で、そうかと思えば少ない休息時間を削ってふたりの時間を作ってくれる。だから、今までなんの問題もなくやってこれたのだけど…
ただひとつ、わたしには悩みがある。それは…




「そこのお姉さん、化粧品に興味ありません?」

「えっ?」

「あたし、天然の素材で化粧品作ってるんです。良かったら見ていってください」



突然声を掛けられて我に帰る。声を掛けてきたのはわたしよりも…2つか3つくらい年下っぽい可愛い女の子だった。彼女の手元に視線を落とすと言葉通りテーブルにたくさん並べられた化粧品がある。男ばかりの中で旅をしているとはいえ、わたしだって女だ。興味がない訳がない。
ちらりと仲間の方を見れば、まだ同じ場所でじゃれ合っていた。



「いっぱいあるのね」

「素材が集まり次第なので滅多に作れないんですけどね……そうだ!お姉さん肌白いから、リップをつけたらすごく映えそう!」

「リップかぁ……」



大概キャンプになる事が多い旅では化粧なんてする暇はない。したところで戦闘で崩れてしまうし、モーテルやホテルに泊まらない限りしっかり化粧落としできないから。
分かっていてもついつい、可愛らしい化粧品達に視線を奪われてしまう。
すると女の子が言葉巧みに差し出した1本のリップスティック、ラインストーンで控えめな装飾が施されたシルバーのケースを受け取りキャップを開けてみると、ごく薄い桃色のリップが回転しながら現れた。



「だいぶ薄い色なの?」

「あ、それ温度で色が濃くなるので唇に塗るとちょうど良い色合いになるんです」



言われて手の甲に少し塗ってみるとだんだん桃色が濃くなって、それでも控えめな可愛らしい色になった。
へえ、温度で変わるなんて面白い。ちょうど乾燥も気になってたし、これくらいなら…



「ありがとうございまーす!」



買ってしまった…。王都を出る時に化粧品は全て、綺麗でありたいという女心と一緒に置いてきたというのに。少し可愛らしい化粧品を見ただけでこれである。



「……イグニス、気付くかな」



私の唯一の悩み、それはイグニスがちゃんと女として意識してくれているかどうか、だ。
あまりスキンシップをとるタイプではないと思ってはいたけど、2人きりになれるタイミングも少なくてなかなかイチャつく事が出来ないわけで…さっき口付けられたのだって何日かぶり、それも額に。
おおっぴらにベタベタするのはわたしも好きじゃないけれど、もう少し…こっそりでいいから1日1回はキスくらいしたい。というのが本音。

小さくため息をついて、さっそく買ったリップを唇に滑らせる。保湿効果も高いみたいで、これなら乾燥も怖くない。割れて血の味がする唇を舐めるのはもうごめんだ。
生憎鏡なんてものも持ち合わせていないのでどれくらい色がついたのか確認できないけど、きっと手の甲に試した時と同じくらいにはなっているだろう。丁寧にキャップをはめてポケットにリップをしまってから仲間の元へ戻る事にした。





「…お、なまえが口紅塗ってやがる」

「え!どれどれ!?」

「はあ?口紅?なに色気づいてんだ…」



すぐに気付いたのはグラディオ。さすが数多の女性を口説き落としてきた男、侮れない。プロンプトとノクトはその言葉を聞いて気付いたようで、少しだけ照れ臭くなって苦笑いを浮かべる。



「手作りだって聞いて、つい買っちゃった」

「なまえ、すっごい可愛いよ!ツヤツヤできれいだし!」

「さっすがプロンプト、女心分かってるねっ」

「いてっ、もう褒めたのに〜。…あ、イグニスおかえり!」



お世辞無しに100%の褒め言葉。それはイグニスから貰いたい所だけど…でも素直に嬉しいから照れ隠しも含めてバシッと肩をひと叩きした、その時。プロンプトが私の背後に視線を向けて軽く手をひらりと振った。その名前に思わずピクリと体を硬くしてしまったけど、普段通り普段通りと言い聞かせてゆっくり振り返る。



「…おかえり、良いもの買えた?」

「あぁ。真新しい食材を見つけて店主と話し込んでしまった、………」



階段を降りながら片腕で抱えた紙袋に視線を向け嬉しそうに話すイグニスの視線が次にわたしを捉えた時、目を丸くして石化したように固まってしまった。もしかして、唇に気付いたのだろうか?



「イグニス…?」

「…、すまない。…珍しいな、化粧なんて」



不安で声をかけると我に帰ったのかハッとした表情を一瞬浮かべてから、今度は優しい笑みを浮かべて茶化してきた。やっぱり気付いてたんだ。でも…それだけ。似合うとか可愛いとか…わたしはもっとそういう言葉が聞きたいのに。もしかしたら、化粧自体好きじゃないのかもしれないなぁ。
消化されないモヤモヤを胸にしまったまま、イグニスの運転で次の目的地へと車は走り出した。










「今日もキャンプかよ…」

「キャンプの何が悪いんだよ」



日が沈む頃、もはやお決まりなノクトとグラディオのやり取りから始まりテント係、食事係、焚き火係とそれぞれの役割で手際よく準備をした。
夕食はレスタルムで購入した食材を使った具沢山スープ。新しい食材の調理をしているイグニスの横顔は、心なしかちょっとご機嫌だった。

食事を終えて、愛銃を片手に飛び回るプロンプトを彼のカメラで連写するノクトと、それを横目に顔を洗いに行くグラディオ。わたしはいつも通り食事の片付けの手伝いだ。この時間は決まって料理の感想を聞いてくるイグニスだけど、今日は違った。



「なまえ、それは…買ったのか?レスタルムで」

「えっ?」

「いや、その唇の…口紅か?」

「あ、うん。手作りの売ってて、可愛いし乾燥も気になってたから」

「…そうか。…似合っている」

「っほ、ほんと?!全然興味ないのかと…」



食器を洗う手を止めて隣のイグニスを見上げる。今更になって聞かれるなんて思ってなかったから急な質問に気の抜けた返事をしてしまった。まさか意識してもらえるように買いました、なんて素直に言えるはずはなくて…他の理由を話しながら食器の泡を流して手をタオルで拭く。
そして突然お褒めの言葉を貰ったものだから声が上ずって…また見上げればじっとわたしを見つめていた。たぶん唇を。



「まさか。気付いた時も、ノクト達と話している時も、…俺の作った料理を口へ運ぶ時だって、ずっと目が離せなかった」

「えー?色が付くだけでそんなに気になる?」

「いや、いつも見ているが、……何でもない」



そんなにずっと見られていたなんて知らなかった…少し色が乗るだけでこうも見てしまう物なんだろうか?
ひとり首を傾げていれば、言ってしまったと言わんばかりに片手で顔を隠し前言撤回を試みるイグニス。ちょっとだけ恥ずかしそうだった。
なんだ、全然知らなかったけどイグニスはずっとわたしを見ていてくれたってこと?



「…軍師さまってばヤラシーんだから」



きっとわたしニヤニヤしてる。口元のニヤけを隠せないまま肘で軽くイグニスを小突きながら茶化してやれば、その腕を掴まれてぐいっと引き寄せられる。
あっという間に縮まった距離、顔を上げると目の前にイグニスの整った顔がある。



「夕食は終わったんだ、デザートをくれないのか?」



普通ならどこのキザ男が言うんだっていうクサい台詞も、イグニスのちょっと企んだ笑みと一緒だと目を引きたかったわたしには嬉しい台詞で。



「…めしあがれっ」



背伸びをして、まだ色の残る唇をイグニスの唇に押し当てた。










end

(あーあー、んなとこで…)
(ねええ、お腹いっぱいなんだけどぉ)
(頼むから他でやってくれ…)



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