「口説かれてるらしいな」
平坦な声色で紡がれた言葉に、口に含んだイカのお寿司を丸呑みしてしまった。喉で一瞬痞えたお寿司を無理やり飲み込み、胸元を摩る。土方さんは私の目付きだけでこちらの疑問を汲み取り、変わらず平坦な調子で続ける。
「おまえがバイトの後輩に詰め寄られてたのを見たらしい」
「誰が」
「総悟」
沖田さんか、と内心歯軋りをする。未だに食道で詰まっているお寿司をお茶で流し込む。
「いや……口説かれてはいないと思います」
「彼氏いないのかだの、休みの日はどうしてるかだの訊かれたんだろ。それは立派に口説いてるだろ」
「馴染みがさなすぎて受け入れ難いといいますか……」
私は目の高さまで積んだ皿の上に、また一枚皿を重ねた。そして、流れてきたカッパ巻きを手に取る。
土方さんは流れてくるお寿司を横目に見ながら腕を組んだ。禁煙の店内では手持ち無沙汰なのだろう。一通りのネタを食べ終えてから、手足の落ち着きがない。
「もう少し時間あるし、煙草吸ってきたらどうですか?」
「まだ食うのか」
「遠慮するなって言ったのは土方さんですよ」
にべもなく言うと、土方さんは数拍置いて席を立った。黒い着流しの背中が店外へ向かうのを見届ける。窓の外では粉雪が街灯に照らされながら散っていた。寒さに負けてすぐに戻ってくるか、喫煙欲が勝るか。二択を並べ、私は後者であってほしいことを願い、背凭れに深く背中を預けた。自分の咀嚼音が鼓膜に響く。
まさか、土方さんがその手の話題に触れてくるとは思わなかった。
土方さんとのお見合いもどきをきっかけに、私の人生は流転した。いや、土方さんと出会う前から、そうなることは決まっていた。けれど出会わなければ、今の私の選択はなかった。不都合や不便は相変わらずあるものの、周囲の人に恵まれたことが幸いで、日々を平穏に過ごしている。父は未だ拘留中だが、母や妹とは頻繁に連絡を取るようになった。おかしなことに、同じ家で過ごしたときよりも二人を近くに感じる。
平和ほど尊いものはない。身に染みてそれを感じる毎日に、翳りが出たのはつい最近のことだ。
「ナマエさんって彼氏いないんですか?」
まるでチワワだなと思った。私と同じくらいの身長か、やや小さくて、目が大きくて童顔の男の子。定食屋のバイトに入った新入り。名前は清三郎くん。
「黙秘します」
「ええーなんでっすかぁ」
「仕事中だからです」
定食屋はお昼のピークを過ぎ、閑散としていた。しかし店内には遅い昼食を取っているお客さんが点在している。私は洗い物をしながら呼ばれれば会計に向かい、清三郎くんはカウンター席をのろのろと拭いていた。そのカウンターの隅の席に沖田さんは座っていた。沖田さんは肉じゃが定食を黙々と食べていた。私は彼の存在を視界の端に捉えてはいたが、目は合わせないようにしていた。
私に一蹴された清三郎くんは滑るようにカウンターを行ったり来たりしている。
「ナマエさんってバイトめちゃくちゃしてるんですよねえ。休みたいなーって日ないんですか?」
「休みはあるよ」
「何してるんですか?」
「……特に何も」
「うわっ寂しいっすねー」
「仕事をしろ」
率直で不躾な言葉につい語気を強めてしまった。へらへらとしていた清三郎くんは急におとなしくなり、外の掃き掃除に行くと言って店を出て行った。本当の犬のように尻尾と耳を垂れ下げている幻覚が見える。正論をぶつけたはずの私がなぜ胸を痛めなければいけないのか。今までバイト先で新人教育を任されたことは多々あるが、初めてのタイプだ。おばちゃんもおじさんも厨房の奥で仕込みに忙しい。二人が間に入ってくれているときはあの態度が緩和されるのだが、誰もいないと全くどう接すればいいのかわからない。
げんなりしながら洗い物を続けていると、「ごちそうさん」と声が聞こえた。沖田さんが席を立って隊服の尻ポケットを漁っていた。
「ありがとうございます」
「年下の男に口説かれるなんざ、アンタも隅に置けねえなァ」
沖田さんは財布を取り出して口角を上げた。艶やかな髪に天使の輪ができている。私がこの美青年を真選組一番隊隊長の沖田総悟であると認識したのは、秋頃の話だ。
――土方が餌付けしてる女ってアンタだったんですかィ
開口一番そう言われた。餌付け、という表現は誤っているが、彼の美しい顔と堂々とした態度に私は何も言えなかった。沖田さんはしげしげと私を眺め、アリ寄りのナシだと意味のわからないことを言った。それから、沖田さんは時々この店に来てはお昼を食べていくようになった。それだけならいいのだけれど。
「ぎゃふんと言わせてやりゃいいじゃねえか。休みの日はマヨラーとデートですって」
「デートの定義わかってますか?」
それだけで済まないから困っている。沖田さんは私と土方さんの仲をどうしたいのか、来るたびにからかってくる。
「メシを一緒に食うのってデートの初歩じゃねえのかィ」
「だとしたら歩幅大き過ぎるでしょう」
「かと言って、ダチってわけでもねえだろ」
「それは……」
言いながらお金を受け取り、お釣りを渡す。沖田さんは財布に小銭をしまい、また尻ポケットに突っ込んだ。
「ヤローに期待なんかしても無駄だぜ」
「期待?」
沖田さんは私の返事を待たず、踵を返して足を止めた。玄関では清三郎くんが肩を落として箒を持っている。強い風に吹かれ、くしゃみをしていた。沖田さんが冷たい眼差しを向けてくる。
「なんで私が悪いような感じになってるんですか」
「悪いのはアンタだからだろィ。望みのねえもん待ってるより、手の届く範囲に目を向けたらどうだ」
意味深な言葉を残し、沖田さんは店を出て行った。清三郎くんが「あざっしたー」とやる気のない声で送っている。その後すぐに身震いしている様が見えたものだから、私は渋々清三郎くんを店内に呼び戻した。すると、やはり犬のように目を輝かせて駆け寄ってくる。私は、百々子もこんな感じだったけと思い出していた。
黒い髪に乗った雪は、既に雫に変わっている。土方さんは五分と経たずに戻ってきた。
土方さんはつぶ貝のお寿司を頬張っていた私を見下ろし、積み上げた皿を一瞥したあと大食いタレントにでもなるのかと言った。
「次は何にするか」
椅子に座り、土方さんは袖や肩の雫を払った。
当然のように次という単語が出てくるようになったのは、いつからだったか。食べるものを決めるのは私で、お店を決めるのは土方さんだ。話し合ったわけでもなく、知らない間にそういうふうになっていた。土方さんは私の嗜好をきちんと知っていて、量をたくさん食べられる場所を選んでくれる。自分のことは二の次で、私に合わせてくれている。
会計は土方さんが七割、私が三割支払うことになっている。等分にすることは却下された。おまえがいくら食っても俺の財布に影響はないとのことだ。
店外へ出ると、土方さんは早々に煙草に火を付けた。雪は地上に降り注ぎ続けており、黒いアスファルトは薄らと白く染まろうとしている。
「たまには土方さんの好きなものにしませんか?」
足元の湿った雪を草履の裏で擦りながら言ってみた。土方さんは「ああ」と曖昧な返事をした。次をほのめかしておきながら、あまり気が進まない様子に見えた。
土方さんが歩き出さないので私も突っ立っていた。落ちてくる雪は砂糖のようで、道路を挟んだ向かいの女性向け呉服店ではイルミネーションが煌々と光っていた。呉服店には似合わない電飾の明かりが眩しい。再来週はクリスマスだ。
「付き合うなら言えよ」
「はい?」
土方さんは組んだ腕を袖に入れて寒さを凌いでいる。
「そのバイトの後輩と付き合うことになったら、俺とこう会ってちゃ問題だろ」
「……ですかね」
「ですね」
タクシー拾うか、と土方さんは言い、私たちは大通りまで歩き始めた。民家にもところどころ、クリスマスに向けてイルミネーションを飾ったところがあった。モミの木や星を象ったクリスマスらしいものから、アイスクリームや犬など、無関係なものまで様々だ。微笑ましい光景にも、先程の言葉が胸に残ったままで感想の一つも出てこない。
大通りに出ると土方さんはタクシーを止め、私を先に乗車させてからあとに続いた。隣からふわりと煙草の匂いがする。土方さんが手短に行き先を告げると、タクシーは走り始めた。
「おまえもいい年だし、男の一人二人作ったってバチは当たらねえ」
土方さんは窓枠に肘を置いて車窓を眺めている。
「ただ、ちゃんと相手は選べよ」
「……私は」
切れ長な目がこちらへ向く。私はその先を紡ぐことができず、運転席のシートを見つめた。
二人もいらないし、一人さえも。けれど、それは逃げではないかと過ぎる。私は人と関わりあうことを避けているだけではないだろうか。築いたものが破綻することを恐れている。家族や恋人と名の付くものは、築き上げることよりも破綻するほうが簡単だ。
横顔に土方さんの視線が刺さっている。根負けしそうになったところで、タクシーは私の住まいであるボロアパートの前に着いた。
「ありがとうございました」
頭を下げて降車する。土方さんは相槌を打っただけで、何も言わなかった。
部屋に入り、溜め息と共に畳の上に座り込む。携帯電話を開くと、母からメールが届いていた。写真付きだ。少し早いけどケーキを手作りしましたという文面で、写真には百々子と不恰好なホールケーキが写っている。それを見ていると、着信画面に切り替わる。母の名前が表示されているが、電話口に出たのは百々子だった。百々子は母の携帯を借りて電話をかけてくることが度々ある。
「おねーちゃん、ケーキ見た?」
私は努めて明るい声を出した。
「見た見た。気早すぎじゃない?」
「クリスマスにはね、チーズケーキ食べるの。おばあちゃんと作るんだ」
「太らないようにね」
「太らないもん」
拗ねたように百々子は言った。しばらく顔を見ていないので、ふっと寂しさが込み上げた。しかし、現状を鑑みると百々子が江戸へ戻ってくることは得策ではない。かつての自宅には心ない落書きが残ったままになっている。それに、表立ってマスコミが張り付くことはなくなったものの、あのハイエナはどこから情報を嗅ぎつけて近付いてくるかわからない。私だって、街を歩いていて後ろ指を指されることは未だにある。
「おねーちゃんはケーキ食べないの?」
「食べるよ、多分」
「土方さんと?」
土方さんの名前を身内のように気軽に呼んでいるが、百々子が土方さんに会ったのはあの夏だけだ。
「土方さんとはないかな」
「おねーちゃんと土方さんって付き合ってないの?」
無垢な瞳が透けて見えるようだった。私は言葉に詰まり、視線を向けた方向に畳のささくれ立った部分を見つけた。手を伸ばして、い草を指で擦る。
「何回も言うけど、そういうのじゃないから」
「そんなんじゃいつまで経っても結婚できないよ」
最近の口癖だ。私はまたか、と口元をひくつかせた。おそらく、祖父母の言葉を真似ているだけなのだと思う。祖父母の若い頃は、私くらいの年齢で結婚しているのが当たり前で、子どもがいることも当たり前だった。正面から受け取るつもりはないが、何度も言われていると気が滅入る。
い草を摘んで引っこ抜く。思っていたより引っ張れなかった。畳は日に当たる部分だけが焼けて変色している。
――結婚、結婚か。頭の中で繰り返す。しかし、自分自身が誰かの隣にいることも、ベビーカーを推している姿も、微塵も想像できない。少なくとも、こんなところで畳のい草を抜いているうちは縁がないだろう。
「縁遠い……」
「遠藤?」
「縁がないってこと」
百々子は空気の抜けるような声で「うーん」と言った。私は畳に横になった。耳を澄ませば、隣室のテレビの音が聞こえてくる。
「おねーちゃん、土方さんと結婚すればいいのに」
「はぁ?」
「そうしたら、私のおじさんが土方さんになるのに」
「……アンタの面食いっぷりが心配だわ」
「それか、私が土方さんと結婚する!」
「捕まるよ、土方さんが」
私の身を取り巻く状況は目まぐるしく変わったけれど、百々子の声を聞いていると安心する。百々子も、そう思ってくれていたらいいと思う。
通話を終えて、しばらくぼうっと寝転んでいた。
もしも私が誰かと付き合うことになったり、結婚することになったりしたら、土方さんは、もう会ってくれないのだろうか。何の代わり映えも発展もない、この不毛な関係はそんなふうに終わるのか。
瞼を閉じる。私に背を向ける土方さんの姿は、容易に想像できてしまった。
クリスマスイブ、クリスマス当日限定のハンバーグ定食を出したいとおじさんは言った。しかし、おじさんの作るトナカイをモチーフにしたハンバーグは歪な形で、お世辞にもトナカイには見えない。強いて例えるなら、アッパーを食らった猫のようだった。
「アンタは芸術センスないんだから」
料理人というのはおしなべて器用な印象があったが、どうも一概には言えないらしい。おばちゃんに頭が上がらないおじさんは項垂れている。珍しいことなどせずに、いつも通りの定食でいいのではないかと議論が始まるが、おじさんはイベント事に乗っかりたいのだと食い下がる。二人の意見は合致しない。その様子を見ていた清三郎くんは、はいはい、と元気に手を上げた。
「そのハンバーグ、俺が作ってもいいですか?」
誰もが想定していなかった立候補に、場が静まり返る。しばらくの沈黙のあと、まず口火を切ったのはおじさんだった。
「清三郎くん、料理できるの?」
「俺、実家がメシ屋なんで大体のことはできるんすよ。あれ、面接のとき言いませんでしたっけ?」
「言ってないよ」
あーそうでしたっけ、と清三郎くんは笑っている。私も初耳だった。
「ま、そういうことなんで、ちょっと任せてみてもらえませんか?ここは若い感性でバチっとやりますよ!ね、ナマエさん」
「え?」
清三郎くんが私の肩をぽんぽんと叩く。私は清三郎くんを凝視する。が、チワワのような大きな瞳は自信に満ち溢れていてこちらを見ようともしない。半信半疑だった夫婦はその眼差しに押し切られ、じゃあお願いしようかしらと顔を見合わせる。
「じゃあそれで決まりっすね! お二人、まだ昼ごはん食べてないでしょ? 休憩してきてくださいよ」
背中を押され、夫婦は厨房を出て行ってしまった。暖簾を下ろした店内には、私と清三郎くんが二人きり。お世話になっている夫婦のためとあれば大概のことはするつもりではあるけれど、私は料理が得意ではない。家では節約のために自炊することが多いが、焼くか炒めるか茹でるかの三つで料理を済ませている。味付けには自信がなく、いつも自分しか食べないのだからと言い訳をしているくらいだ。
冷蔵庫を開けて中を物色している清三郎くんへ、おずおずと声をかける。
「あの、悪いんだけど、私は料理はあんまり」
「えー?いいんすよナマエさんは。俺が一緒に作業したいだけだし」
振り返った清三郎くんの笑顔が煌めいている。私は開いた口が塞がらない。
「とりあえずアレっすね、材料買いに行きますか」
「……」
「ナマエさん、ハンバーグの割合は何が好きですか?」
「……豚が十」
「牛いらねえんですか?」
何がおかしいのか、けたけたと笑われてしまった。
私の母親――産みの親のほう――は、ほとんど料理をしない人だった。時々気が向けば作る程度だったが、私は母の作る豚肉だけのハンバーグが好きだった。どういう理由か知らないが母は牛が嫌いだったのだ。父は貧乏臭いと言って、そのハンバーグには口を付けなかった。美味しいのに食べないなんてもったいないなあと子どもながらに思ったことを覚えている。
冷房の効いたスーパーの中をカートを押しながら歩く。ハンバーグの割合なんて訊かれたことがなかったから、随分と昔のことを思い出してしまった。難儀なことに、嫌なことや苦い記憶はずっと覚えている。
清三郎くんは野菜を次々にカートへ入れていく。精肉コーナーでは合い挽き肉を手に取った。しかし、それと一緒に豚挽き肉もカートに入れた。
「ナマエさんの好きなやつ」
にこりと笑顔を向けられる。私はとりあえず「ありがとう」と微妙な顔でお礼を言っておいた。清三郎くんは満足げに頷き、跳ねるようにして店内を進んでいく。そうかと思えば、くるりと振り返り難しい顔をする。
「ナマエさんって芸術センスなさそうっすよね」
「おじさんよりはあるよ」
「じゃあ勝負しましょうよ」
「味はともかく見た目勝負なら勝てるな」
「あ、言いましたね! 今の台詞忘れないでくださいよ!」
清三郎くんは楽しげだった。年下だからなのか、彼の気取らない態度がそうさせるのか、私は彼に対して構えることは徐々になくなっていた。悪い人間ではない。好意を向けてくれていることも、きちんとわかる。なんで私なのか疑問はあるが、好意を持たれて嫌な気分になる人はいないだろう。私だって、人に好かれることが嫌なわけではない。じゃあ何に対して身を引いているのか、冷めた気持ちになっているのかと問われても、答えは出せないのだけれど。
買い物を終えてスーパーを出ると、清三郎くんは私の持っているビニール袋を引き取っていく。そして「寒いから手繋ぎます?」と歯を見せて笑う。
「はっ? なぜ」
「だから、寒いから」
「いや、無理」
「そんな全力で拒否されると傷付くんすけど」
わざとらしく唇を尖らせ、清三郎くんは歩を進めた。身長が変わらないせいか、歩幅もあまり変わらない。合わせる必要も、合わせてもらう必要もない。
道路を駆け抜けていく真選組のパトカーが見えた。無意識のうちに目で追い、運転席や助手席の顔を確かめてしまう。しかし、そこにいたのは知らない顔だった。安堵とも落胆ともつかない気持ちが心を撫でていく。
土方さんは不可抗力で私に触れたことはあれど、自らの意思で触ったことはなかった。気軽に肩も叩かないし、一緒に歩いていても手なんか繋ごうとしたこともない。くるくると表情も変わらないから、何を考えているのかわかりにくい。目付きが悪い上に口も悪い。私の名前も呼ばない。
沖田さんの言葉が蘇る。何を期待しているんだと。期待なんてしていない。そう思うけれど、意識せずとも浮かんでしまうのは、私が土方さんに対して何かを望んでいるからなのだろうか。
パトカーを目で追いながらただただ歩いていると、ふと隣に清三郎くんがいないことに気が付いた。見ると少し後ろに彼は立っていた。商業ビルのガラスの向こうをじっと見つめている。
「どうした?」
引き戻って同じ目線に立ってみる。ガラスの向こうには大きなクリスマスツリーがあった。周囲を囲む子どもたちがオーナメントを思い思いの場所へくっつけている。ツリーの天辺には金色の星が飾られていた。何か思うことでもあるのだろうか。
「ナマエさん、二十四日、夜は休みですか?」
「うん?……うん」
「することがないならデートしません?」
ぎょっとして勢いよく隣を見る。清三郎くんは、はにかみながら首筋を掻いた。その顔を見たら無下にもできず、私は口をぱくぱくと動かした。
「びっくりしすぎでしょ、ナマエさん」
「……ごめ、想像してなくて……」
「マジすか?鈍いなぁ」
清三郎くんは眉を下げて笑った。言葉は直球だが、表情の奥に不安が垣間見える。どきりと胸が鳴った。真剣な彼を傷付けることが途端に怖くなった。
返事をしなければいけない。何も身構えることなどない。デートと銘打ってしまわず、ただの食事、買い物と括ってしまえば躊躇うことなどないのだ。彼は私のことを少なからず気に入ってくれている。こんな機会、そうそうない。今は彼に恋愛感情など抱いていないけれど、もしかしたら、好きになるのかもしれないし――。
数十秒か数分か、あれこれと言い訳を並べているうちに時間が流れた。痺れを切らした清三郎くんは、徐にビルの前を離れて定食屋への道へ戻る。私は視線を右往左往させ、彼を引き止めた。
「ガッ」
引き止めるような音ではなかった。案の定、清三郎くんは不思議そうな顔で振り返った。
「ガ?」
「ガ……トーショコラ、食べようか」
「……いいんすか?」
「…………うん」
清三郎くんは破顔した。
「よかったぁ。あ、俺、その日は夕方引っ越しのバイト入ってるんで、終わったらでいいっすか?」
「引っ越しのバイトなんてしてるの?」
清三郎くんが「はい」と頷く。仕事熱心ではないので意外だった。思ったことがそのまま顔に出ていたようで、彼は首を捻った。
「意外だと思ってます?」
「……そうだね」
「ナマエさんが、そうだからですよ」
「そうって、なにが」
「ナマエさんがバカみたいに働いてるから、俺もやってみようかなって思って」
清三郎くんはなぜか誇らしげにしている。面食らってしまったが、すぐにバカは余計だと訂正を要求した。
予定を照らし合わせ、二十四日、十九時に噴水のあるかぶき町の公園で落ち合う約束をした。イルミネーションが見れるのだというその公園は、かつて私が土方さんと待ち合わせをしていた場所だった。
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