一日休みだと言う土方さんと訪れたのは商店街だった。目的地を定めないままぷらぷらと歩いていると、人混みに紛れても目立つ銀髪が前方から現れた。
「あれ〜大串くぅ〜ん?何してんのこんなとこで」
「俺が休暇中に何してようとテメェにゃ関係ねえだろうが。そこどけ天パ」
「オイオイオイ税金使って女と真っ昼間っからデートですかぁ、ってあれ、おまえ、ナマエちゃんじゃん」
間延びした声。気怠そうな佇まい。かぶき町で万事屋を営む銀さんだ。彼は土方さんの影になっていた私を覗き込み、目を丸くした。私は「どうも」と会釈をした。
銀さんは私が働く定食屋に時折来るお客さんで、私とは顔見知りだ。人伝にかぶき町で万事屋を営んでいると聞いた。仕事柄なのか顔が広いらしく、お店のお客さんにいつも絡まれている。しかし土方さんとも知り合いだとは知らなかった。
銀さんは怪しく口角を上げた。嫌な予感がする。
「へぇ〜そうかそうかァ、ナマエちゃんが土方くんのカノジョだったとはねぇ」
「え⁉いや違いますカノジョ違います」
大袈裟に手を横に振って否定する。しかし銀さんはまともに取り合ってくれない。
「こんな往来で二人並んで歩いてんだから、遠からずっつー関係なんだろ?しかしナマエちゃん、男の趣味悪いねー。こんなニコチンV字マヨラーのどこがいいん、ぶぼらっ」
銀さんが話し終える前に、土方さんの華麗なミドルキックが決まった。銀さんはその場に倒れ込んでしまった。土方さんは額に青筋を浮かべながら、「行くぞ」と銀さんを放置してずんずんと歩き始めた。私はその背中と銀さんを交互に見比べ、迷った末に土方さんを追うことにした。銀さんには、ごめんなさい!と謝っておいた。今度甘いものでも奢ることにしよう。
「あんなに怒る土方さん、初めて見ました」
眉間に皺を寄せたままの土方さんを見上げる。土方さんは不可解そうに私を見遣る。先程のやり取りだけで彼らが旧知の中であり、犬猿の仲であることがわかる。
土方さんがあれほど感情をむき出しにしているところを見たことがなかった私は、彼の新しい一面を見ることができて妙に得した気分だった。そして改めて、私はこの人のことを何も知らないのだと気付かされる。
「私に怒るときは遠慮してくれてたんですね」
「あ?俺がいつおまえに怒ったんだよ」
「え、無自覚ですか?後ろを歩くなとか、愛想笑いするなとか」
「……あれは怒ったんじゃねえ」
土方さんは懐から煙草を取り出し、一本口に咥えた。慣れた動作で火を付けるが、ついその手にあるライターに目が行ってしまう。なぜマヨネーズ?そういえば、さっき銀さんもマヨラーだとか言っていた。マヨネーズが好きなのだろうか。
人々の往来を抜けながら、ゆったりと歩く。ちょうど昼時になり、昼食を取ることにした。さほど歩かない距離に私が働くお店があるが、あえて黙っていることにした。土方さんを連れて行けば、おばちゃんだけではない、お客さんたちにまで好奇の目を向けられることが容易に想像できる。間違いなく質問攻めに遭う。それは銀さんの比ではない。
食べたいものがあるかと聞かれたので、ラーメンがいいですと答えた。そんなものでいいのか確認されたが、ラーメンを受け入れる口になってしまっていたので頷いた。お見合いの席で出てきたような、小洒落たお皿に盛り付けられてくるような料理も美味しいけれど、安くて美味しくて量が多いほうが良い。
適当なラーメン屋に入り、土方さんは醤油ラーメン、私は味噌チャーシューを注文した。土方さんはマヨネーズも注文していた。やっぱりマヨネーズ好きなのかと思っていたが、いざラーメンが出てきてマヨネーズをかける様を見ると、それは常軌を逸したものだった。
「土方さん」
「なんだ」
「なんですかそれ」
「ラーメン土方スペシャルだ」
「血迷ったんですか?」
土方さんのラーメンはラーメンと言うよりマヨネーズだった。ラーメンの麺もスープも一切見えないほど丼の中を黄色いものが覆っている。土方さんはそれを何の躊躇もなく口の中に入れていく。見ているだけで口内がマヨネーズ味になる。銀さんが彼のことをマヨラーだと言った意味がわかった。しかし、マヨラーの域を超えているんじゃないだろうか。
「マヨラーっていうかもはや土方さんがマヨネーズなんじゃないですか」
「やめろ、照れんだろ」
「褒めてないんですけど」
妙なところで頬を赤らめる土方さんについツッコミを入れてしまう。先程のガチギレ顔といい、短時間で土方さんの新たな一面を続々見ている。私が思っているよりも、土方さんは表情豊かな人だったらしい。
伸びるから早く食べろと言われ、私も「いただきます」と手を合わせてラーメンをいただく。コシのある太麺に味の濃い味噌スープが絡んで美味しい。チャーシューも厚みがあって食べ応えがあった。向かい合ってラーメンを食べていると、ふと、私は大量のマヨネーズを摂取する土方さんに既視感を覚えた。目の前の光景をどこかで見たことがあるような気がする。お見合いの席が初対面だと思っていたけれど、私は土方さんとどこかで会っていたのだろうか。
考えてみたものの、思い出す前に食べ終えてしまったので、記憶を起こす作業はやめた。食後のお冷やを飲みながら土方さんは訊ねる。
「おまえ、なんか欲しいもんとかねえのか」
「今は特に……」
「買ってやるなんて言わねえよ。見に行くだけだ」
心の内を読まれている。私はしばらく考えた末、かんざしを見たいと告げた。
「川掃除のバイトしたときに落としちゃったんですよね」
「川掃除?そんなことしてんのか」
「いつもじゃないですよ、臨時で頼まれただけです。大変だけど割と楽しいですよ。ワーってゴミが網にかかるんです」
私の拙い説明では楽しさが伝わらなかったらしく、土方さんは怪訝な顔をしていた。
かんざしを落としたのは数ヶ月前のことだ。以来ヘアゴムで髪を束ねて過ごしていたが、小物屋やアクセサリーショップできれいな飾りのついたかんざしを見かけるたび、目を奪われていた。しかし、見ているだけで買おうとは思わなかった。可愛らしい花や、きらびやかな宝石を模したデザインのものは私には似合わない。仕事の時にも身に付けられるようなシンプルなものでいい。そうして理想を求めている間に、結局なにも買えていなかったのだ。
ラーメン屋を後にして、可愛らしい女性店員さんのいるアクセサリーショップに入った。店内には女性客が数人いたが、土方さんを目に留めると皆ひそひそと小声で何か話していた。中にはあからさまに頬を染める女性もいた。やっぱりモテるんだなあと思ったが、私が一緒にいたのでは声をかけられることもないだろう。それに、当然だが土方さんは居心地が悪そうだ。落ち着きなく辺りを見回している。
私はそっと土方さんに近寄る。
「外で待っててもいいんですよ?」
土方さんは片眉を上げて私を見た。「すぐ終わるので」と付け足したが、土方さんは首を縦に振らなかった。頑として付き合うつもりのようだ。こうなれば、土方さんのためにもさっさとかんざしを買ってしまったほうがいい。
かんざし売り場には、色とりどりの球体の中に細かい星をちりばめたものや、鞠や鬼灯を飾ったもの、果ては食べ物モチーフのものなど、様々な種類、嗜好のものが並んでいた。その中から、一つ淡い紫色の花が飾られたかんざしを手に取る。花びらは明かりに翳すとうっすらと透けており、金色の柄が高級感を出している。
「そちら、あやめの花ですよ」
「うぉっ」
突然背後から声をかけられ、情けない声が出てしまった。振り返ると女性店員が営業スマイルを貼り付けて立っていた。まさにニコニコという擬音が当てはまるような笑顔だ。
「今の季節にぴったりですし、きっとお客様にお似合いですわ。鏡もございますので是非一度着けてみてくださいな」
「え、あの」
「ちょっと失礼しますねぇ」
女性は私の背後に回り、髪を括っていたヘアゴムを外した。そして手早く髪をまとめあげ、かんざしを挿した。あまりの手際の良さに抵抗する暇もない。肩を押され、小さな鏡の前に立たされる。半回転させられると、あやめの花がよく見えた。控えめな紫色がきらりと光っている。お似合いですぅ、と女性は甲高い声を上げた。それとは正反対の、低い声と共に鏡の中に土方さんの顔が現れた。
「決まったか」
「うわっ」
またしても微塵も可愛くない声が出た。土方さんは「何だその反応は」と口を尖らせる。女性は突然のイケメンの登場にますます甲高い声を上げた。
「彼氏さんですかぁ?」
「いや、彼氏とかでは」
「見てください彼女、とってもお似合いですよね!」
私の否定は遮られ、女性にぐるりと体を回される。かんざしを見せつけるように土方さんの前に立たされると、鏡越しに土方さんが私を見ている姿が見える。心臓の鼓動が早まる。土方さんは何も言わない。
何を言うのだろう。土方さんの言葉を待つほんの数秒間がとても長く感じられた。
「勘定してこい」
鏡越しに店を出ていく土方さんを見送る。てっきり似合うとか似合わないとか言われるのかと思っていたのに、どちらともつかない返事をされた。どうでもいい、ということだろうか。胸の奥がチクリと痛む。こんなことで胸が痛む自分自身に戸惑った。
女性店員は、きっと土方さんを素っ気ない男だと思っただろう。しかし、あくまで客商売だ。お客を貶すようなことは言わない。「照れ屋さんなんですねぇ彼氏さん」と微笑む。私は何度目かわからない台詞を繰り返す。
「彼氏じゃありません」
小さな紙袋片手にお店を出る。土方さんは向かいの団子屋のベンチで煙草を吸っていた。隣へ腰掛けると、土方さんは携帯灰皿に煙草を入れた。漂っていた紫煙はすぐに宙に消えた。僅かな残り香だけが彷徨っている。
間もなくして、髷を結った中年の男がお茶とみたらし団子を運んできた。土方さんは一本手に取りかじりつく。咀嚼するたびに頬が動いて、飲み込むときには喉仏が動く。
「おまえも食え」
促され、「いただきます」と一本もらうことにする。団子をかじると、甘くてしょっぱいタレと弾力のある食感が口の中を埋めた。ラーメンを食べてから大して時間は経っていないけれど、いくらでも入る気がした。
「……かんざし、取ったのか」
「え、はい」
購入したかんざしは紙袋の中だ。今は元のヘアゴムで髪を括っている。土方さんは「ふーん」と答えて、また団子を口に入れた。
まだ日は高い。団子を咀嚼しながら道を行き交う人の波を眺めていると、不意に電子音が鳴り響いた。土方さんの携帯電話だった。着信画面を見て、土方さんは眉根を寄せて電話に出る。
「もしもし」
何度か相槌を打ち、土方さんは今から行く、と電話口の相手へ告げて通話を終えた。楊枝を皿へ置き、立ち上がる。私は土方さんを見上げて訊ねる。
「お仕事ですか?」
「ああ、悪いな。それ全部食ってくれ」
「……ごちそうさまです。気をつけてくださいね」
土方さんの姿が見えなくなってから、私は団子を黙々と食べ進めた。残り三本あったが、物足りなくてもう一皿追加注文した。団子を運んできた男性に「お姉ちゃんいい食いっぷりだねえ」と感心された。
「あと三皿はいけそうです」
「お、大歓迎よ。三皿でも五皿でもどんどん言ってね」
カッカッカと笑いながら男性は店の奥へ戻っていった。並んだ団子を眺めて、頬杖をつく。胸の痛みはもうない。食べ物くらいで消えるようなものなら、一時の気の迷いかもしれない。そもそも、土方さんの言動が納得できなくて勝手に傷付くなんて図々しいにも程がある。相手の言動に自分の願望を照射するなんて。
自分の厚かましさに辟易する。頭を抱えて、腹の底から深く息を吐いた。息が甘ったるく、お茶で中和させる。漂っていた煙草の匂いは、とっくに消えていた。
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