小さな子どもたちが畦道を駆けていく。肌を撫でる乾燥した冷たい風に、頬を赤らめていた。銀時は敷き詰められた色とりどりの落ち葉を踏みながら、子どもたちの背中を振り返った。楽しそうな笑い声に、なにも変わらない平穏を感じる。
 田舎道を歩き続け、銀時は丘の上にある一軒の家屋の前で立ち止まる。診療所の看板を掲げた家だが、玄関には鍵がかかっていた。室内は暗く、留守にしていることがわかる。銀時はしばらく立ち竦んでいたが、やがて踵を返した。
 慣れた道とまではいかないものの、なんとなく知った道を進んでいくと、墓地があった。一つの墓石の前で、白髪の老齢の女が手を合わせていた。銀時が近付いていくと、女は顔を上げた。皺がたくさんあって目はうっすらと白んでいるが、若い頃は美人だったことを窺わせる、気品のある顔立ちをしている。

「珍しいお客さんだねぇ、いや、患者さんだった人かい?」

 銀時は墓石に刻まれた名前を見遣る。ミョウジ長治郎。部屋で寝ているときに診察室から聞こえてきていた賑やかな話し声が思い出される。その名前は何度も聞いていた。銀時はしゃがみ、目を閉じて手を合わせる。故人は銀時が思っていたよりもずっと早く、この世を去ってしまっていた。
 墓石の前には、花と共に皿に乗ったおはぎが供えられていた。女は膝に手を付いて、よっこらせと立ち上がる。年はかなり取っているようだが、背筋は伸びていた。銀時も横に立ち上がる。

「長治郎さんは甘いものは好きじゃなかったんだけどね、私の作るおはぎだけは美味い美味いって食べてくれたのよ。天国でも、きっと喜んでくれると思って時々こうして持ってくるようにしてるの。でも、来るたびにいろいろなものがあってね、お酒とかお花とか…当然だわよね、みんなに愛されていたもの」

 散った紅葉が墓石を赤く彩っている。銀時がなにも言わずとも、女は言葉を止めなかった。ただ亡き人の思い出話をしていたいだけのようだった。銀時は黙ってそれを聞いていたが、女から孫娘の名前が出てくると、初めて開口した。

「そいつは、今はどこにいる?」
「ナマエちゃんかい?今の時間は仕事じゃないかねえ。前は笹岡先生のとこにいたんだけど、ああ、笹岡先生っていうのは病院のお医者さんなんだけど……ナマエちゃんは今は色々やっているようだよ。器量はいいし気も回るいい子でねぇ。長治郎さんが亡くなってからも、しゃんとしたもんで。弔問に来る人達にもきっちりしていたのよ。そりゃもう、こっちが心配になるくらい」
「……」
「あの子にも、頼れる人や弱音を吐ける人がいたらいいんだけれど」

 暗い部屋。白い布を顔に被せられ、横たわるたった一人の家族。その脇でじっと正座をする、黒服のナマエの姿。容易に想像できる。

「そういえば笹岡先生、いつからか人が変わったみたいになってねぇ。前はどこか壁を作っているようなところがあったんだけど、最近はみんなに積極的に話しかけてくれるようになって」

 女はなおも喋り続けた。いくつになっても女は話好きらしい。銀時はそれを右から左へ聞き流した。風が木々を揺らし、紅葉が舞い散っていく。一際強い風が吹くと、女はようやく話を止めた。その隙を見計らい、銀時は別れを告げ、来た道を急ぎ足で引き返していった。
 道すがら、遠くにナマエの姿を見た。真っ直ぐに前を向いて歩くナマエの後ろから、先程すれ違った子どもたちが追い越していく。ナマエは子どもたちとなにか話をして笑っていた。
 声をかけることはできなかった。視界に映らないよう、そっとその場を離れた。笑っている姿を見ることができた。それだけで充分だ。どこかで幸せになってくれたらいい。幸せだと笑っていてくれるなら、それでいい。





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