「オイコラ総悟!てめサボってんじゃねーよ!」

 障子を勢いよく開ける。縁側でふざけたアイマスクを付けて総悟は居眠りに興じていた。額に青筋が走る。本来、市中の見廻りに出ているはずの時間だが、逃げも隠れもせずに堂々とサボり決め込むとは一体どんな神経をしているのか。俺には甚だ理解できない。が、仕事を舐め腐っているのはよくわかる。肩にかけていたジャケットで総悟の頭を引っ叩いた。いて、と総悟が頭を押さえ、アイマスクを外す。

「なんでィ土方さんか」
「んだよその俺で残念みたいな顔は!おまえ仕事はどうした」
「何言ってんですかィ今日俺は内勤ですよ」
「てめーは今日見廻りだろーが!つか内勤だからって寝ていいわけないよね⁉内勤って寝ることじゃないからね⁉」

 総悟は寝不足なんでさァと愚痴る。確かに最近は攘夷志士の動きが活発で、夜間の討ち入りや見廻りが多い。しかし、警察である俺たちには休みなどあってないようなものだ。休日出勤なんてざらにある。だがそれを嘆いている暇はない。ただの田舎猿だった俺たちに武士であるための剣があるのは、お上の存在あってこそだ。剣を手放さないためには江戸を護ることを怠ってはならない。組織を維持していくためには、時には個を殺すことも必要なのだ。延いてはそれが、本当に護りたいものを護るための礎となる。
 しかしそんなことを説いても総悟に全く響かないことはよく知っている。伊達に長年顔を突き合わせていない。コイツにとって江戸や組織なんてものは二の次で、ただ一人の俺たちの大将、近藤さんを護ることが最重要事項なのだ。他人に対しておよそ興味を持たず、我が道を行く奴だが、近藤さんには全幅の信頼を置いている。無論俺の言うことは聞かない。寧ろ俺から副長の座を奪わんと常に命を狙っている。

「ただいま戻りましたー」

 廊下の向こうから女が一人歩いてくる。屯所で働く新米女中、ミョウジナマエだ。 手にはスーパーのビニール袋をいくつも持っている。総悟は壁に預けていた背中を起こし、それをいくつか引き取った。ナマエは「ありがとう」と言って笑みを向ける。総悟が「じゃあ土方さん」と俺を振り返る。

「俺はナマエさんの買い出しの後片付け手伝うんで」
「オーイ待て」

 ナマエについて行こうとする総悟の首根っこを掴む。

「それはおまえの仕事じゃねえだろ。てめーは見廻りに行け」
「随分仕事熱心なお方でさァ。そんなに行きたいなら自分で行けばいいじゃないですかィ」
「ふざけんな、俺にはてめーと違って仕事が山ほどあんだよ。主におまえのやらかした始末書を書くっつー仕事がな」

 応酬を見ていたナマエが、総悟の手からビニール袋を取り戻す。

「沖田さん、このくらい一人で平気ですから、お仕事行ってきてください」
「……」

 笑顔を見せるナマエに総悟は押し黙る。動こうとしない総悟にナマエが目で早く行けと訴えている。結局根負けしたのは総悟のほうで、肩を揉みながら「じゃあ行ってきやす」渋々屯所を出て行った。俺はその様に目をしばたかせる。仕事へ行けと真っ当なことを言われても口答えの一つや二つをするのが俺の知っている沖田総悟だ。それが文句の一つも垂れずに言いなりになるなんて。餌付けでもされたのだろうか。
 総悟が見えなくなったあと、ナマエはビニール袋を左手に持ち替えた。肩ほどの高さにある頭を見下ろす。まさか自分の姉貴と重ねているわけではあるまい。頭に過る予感を振り払い、懐から出した煙草に火をつける。

「悪いな、あんなクソガキの世話させて」
「そんなことないです。楽しいですよ」

 笑顔からは本音が読み取りづらい。拷問で身に付けた観察眼も女にはあまり通用しない。女は本音の中に嘘を隠し、嘘の中に少しの本音を潜ませる。
 屯所の女中は基本的に年齢層が高い。若い女が屯所に出入りしていると隊の規律が乱れるという理由もあるが、一般企業で言うパートタイマーの雇用体制なので、家庭を持っている女が交代制で勤めるのに都合がいいのだ。しかし、その分女中の人手の薄くなる時間帯もある。隊士たちは身の回りの世話はそれぞれ自身でするが、隊長クラスになると雑務が増える。その細かい雑務の補佐、小間使いをする存在が必要だった。要するにフルタイムで働ける人手だ。そこで募集をかけたところ、やってきたのがナマエだった。ナマエはまだ若く、働く気も十二分にあったので、近藤さんは二つ返事で受け入れた。万事屋のチャイナが連れてきたときはどんな女かと思ったが、柔らかな物腰とは反対に、むさ苦しい男たちの中でも怖気付くことなく全く引かない、したたかな女だった。おまけに気立てが良く愛想もいい。屯所に通い始めてから日は浅いが、すっかり馴染んでいる。女に縁のない隊士たちが頬を緩めていることは否めないが、今のところ惚れたの腫れたのという域には至っていない。

「そうだ、土方さん、お団子食べます?美味しそうだったんで買っちゃいました」
「団子?」

 がさがさとビニールを鳴らしながら、ナマエはみたらし団子の入ったパックを取り出す。

「あとでお茶と一緒に持っていきますね」

 返事もしていないのにナマエはさっさと食堂へ向かっていった。まだ書類が山積みになっているので休憩している暇はないのだが、既にいらないとは言えなくなっていた。諦めて部屋へ戻り、筆を走らせて十分程経った頃、盆に湯呑みと団子を乗せてナマエが戻ってきた。

「見てくだい、茶柱」

 湯呑みの中にはぷかぷかと確かに茶柱が浮かんでいた。ナマエは嬉しそうに顔を綻ばせている。しかし俺はそうだな、と相槌を打つに留める。ナマエはつまらなそうに反応が薄いと口を尖らせた。しかし、何かに気が付き「あ」と声を上げる。

「マヨネーズ忘れてきました」
「あ?いや別に」
「マヨ狂なんですよね土方さん。今持ってきます」
「誰がマヨ狂⁉総悟か、総悟のヤローが言ってたのか」

 急ぎ足で部屋を出るナマエ。女中にまで総悟の悪影響が出ている。妙なことを吹き込んでいなければいいが、もはや手遅れかもしれない。口元がひくつく。
 気持ちを落ち着けようと、茶柱の立つ茶を仰ぐ。口に入れたそれは、茶葉が変わったのかと思うほど美味かった。






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