爽やかな快晴に白い雲が穏やかに流れている。しかし流れているのは、雲だけではない。無骨な形の異星の船もいくつか見える。田舎では見ることのなかった景色も見慣れてきた。街へ出れば天人たちが地球人と同様に当然の顔をして歩いている。上京して間もない頃はいちいち目についていたけれど、これがこの街の在り方なのだと受け入れるようになった。それでも奇抜な天人がたまに歩いていると、二度見してしまうこともある。
洗い立てのシーツを干し、腕を上げて伸びをする。真選組屯所で女中として働き始めて一月以上が経つ。平たく言えば仕事内容は家事全般。それ自体は苦ではないけれど、なにぶん量が多い。食事の買い出しに行くだけで骨が折れる。生粋のマヨラーがいるのでマヨネーズなんかは箱買いしている。
他の仕事と言えば、多忙な一部幹部の身の回りの手間取り。中でも、副長の土方さんの雑務の手伝いや、一番隊隊長沖田さんの身辺の世話が多い。土方さんはマヨネーズ中毒なことを除けば、あまり手がかからない。ヘビースモーカーなところはやや気になるが、至って常識人である。沖田さんは始めこそ私に対し壁を作っていたが、日が経つに連れて少しずつそばに近付くことを許すようになってくれた。若干素行に問題があるようだが、今のところ私に実害はない。
二人のことに関しては、行き詰まることはほとんどない。私の手を焼く人物は他にいる。その人は、ボロ雑巾のようになって先程自室へ帰ってきた。
陽光の差し込む部屋の前で正座する。失礼します、と声をかけ、障子を開ける。
「おっ、ナマエちゃん!どうだい、仕事には慣れたか?」
「ええ、だいぶ」
「そうかそうか!それは良かった!何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ!俺にできることならいくらでも力になるぞ!」
「そうですか?じゃあ一つ言わせていただきたいんですけど」
「うん!」
「無用な大怪我をして帰ってくるのやめてもらっていいですか?」
真選組局長、近藤勲は鼻血を垂らし、顔をパンパンに腫らして畳の上に横たわっていた。着物はどこぞの賊に襲われたのかと思うほど八つ裂きにされている。その姿で困ったことがあれば何でも言えと言われても何の説得力もない。
しかし近藤さんは傷だらけの顔でガハハと豪快に笑った。
「ナマエちゃん、これは無用な怪我などではない。愛する人からの愛の鉄拳を受け止めてきた証拠なのだよ」
「近藤さんの愛する人ってゴリラか何かですか?」
「あながち間違っちゃいねえな」
音もなく背後から現れた土方さんを見上げる。上司が仕事関係なく怪我を負って帰ってくることにすっかり慣れてしまっているようだ。
「間違ってないんですか?」
「違うぞ!お妙さんは照れ隠しで俺に冷たく当たっているだけだ!嫌よ嫌よも好きのうち!女は愛されるほうが幸せだと言うしな!」
「いや近藤さんの場合はマジで嫌がられてっから」
近藤さんの想い人の名前はお妙さんと言うのか。しかしガタイもよく、常日頃から体を鍛えている近藤さんをここまで打ちのめすなんて一体どんな人なのだろう。想像しても全く人物像が浮かび上がってこない。
傍に置いていた救急箱の蓋を開ける。消毒液の匂いが鼻をつく。近藤さんへ座ってくださいと促すと、近藤さんはのそのそと胡座を描いた。健康的に日に焼けた顔へ私は膝立ちになって消毒液を塗る。代謝がいいのか、近藤さんは傷を作ってもすぐに治ってしまう。何度かこうして簡単な手当てをしているが気が付くとさっぱりとした顔に戻っているのだ。
「おまえ、看護師の免許でも持ってるのか?」
土方さんが上から私の手元を覗き込む。私が答えるより先に、近藤さんが喋る。
「知らんのかトシ。ナマエちゃんは上京する前は病院で働いていたそうだ。だからこの程度の傷なら手当てしてくれるぞ」
「近藤さん、喋ると消毒液が、」
「あ!苦い!なんか口に入ってきた!」
「ああもう……」
口を閉じてもらい絆創膏を貼る。近藤さんは苦い苦いと言いながら口内で舌を回している。話題を引き継ぎがてら土方さんに一部訂正をする。
「病院じゃなくて診療所で」
「随分慣れてるな」
「祖父が医者なんです」
近藤さんが私を一瞥した。近藤さんには初めて会ったときに祖父のことは話している。祖父が既に亡くなっていることを知っているのは近藤さんだけだ。
祖父が亡くなって数年、日々流れていく時間の中で私自身で選んできたものが何もないことに気が付いた。私の生きてきた道には常におじいちゃんの存在があり、それが全てだった。おじいちゃんが死んでから味わった喪失感は、単純な悲しみや寂しさだけではなかった。
そして、初めて自分の意思と足で現状を変えることを決めた。しかし、田舎に残ったままではいつまでも過去に引きずられてしまう。住み慣れた家を離れてしまうことにはそれなりの覚悟と決心が必要だったが、自らの足で踏み出さなければいけない、と故郷を飛び出した。
近藤さんには掻い摘んで話したが、彼は大いに頷いて私を受け入れてくれた。
「土方さんも何かあったら言ってください。簡単な治療ならできますから」
救急箱の蓋を閉める。絆創膏で埋められた顔で近藤さんが「すまんなナマエちゃん」とお礼を告げる。
「絆創膏の替え、置いておくので夜になったら交換してくださいね」
障子を閉めて部屋を後にする。庭では真っ白なシーツがはためいている。空は一つしかないのに、田舎と江戸では見える景色が違う。風の匂いも違う。一人になると郷愁に駆られることが度々ある。あそこにあるのは、がらんどうの家だけだというのに。
自嘲気味に笑みを浮かべ、救急箱を抱えて歩を進めた。
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