診療所に置いてあった漫画雑誌(おじいちゃんはマガジンしか買わない)をくすねてきた銀時が、私の持つ四角く薄い箱に目を留める。普段は垂れ下がり生気のない目が、今は爛々と輝いている。

「おまえ、それ何?」
「何って、おまんじゅう」

 だらりとよだれが垂れそうなほど物欲しそうな目で箱を見つめる。真っ白な箱には、饅頭の「ま」の字もない。好きなのかな、と思い、食べる?と訊ねると、銀時は激しく頷いた。
 お茶を淹れ、居間で饅頭を黙々と食べる銀時の前に湯呑みを置く。箱の中には十二個の饅頭が整然と並んでいた。既に三つ平らげている。包紙が無造作に机に放られている。
 うちでは、おじいちゃんが甘いものを好まないので、お菓子を買う習慣がない。唯一おじいちゃんが食べるのは、診療所の患者さんである園山さんというおばあちゃんが作るおはぎだ。おじいちゃんに言わせると、既製品は甘さがしつこいらしい。一方で私は、甘いものは既製品でも手作りでも好きだ。でも一人で食べるには買うのはもったいないので、患者さんからもらったものを時々食べるくらいだった。銀時が頬張っている饅頭も貰い物だ。私が甘いものが好きだと知っている人が、差し入れしてくれるのだ。
 銀時の斜め向かいに座り、お茶を啜る。饅頭を一つ手に取り、包紙を剥がす。銀時が五つ目に手を出そうとしていたので、私は箱を自身のほうへ引き寄せる。銀時は怪訝な顔をする。

「食べ過ぎ」
「あん?」
「夕飯食べれなくなるよ」
「俺ァガキか」
「糖尿病になる」
「ならねーよ」

 身を乗り出した銀時が饅頭を一つ攫っていく。あ、と声に出したのも束の間、素早く包紙を剥がして口に放った。睨む私を歯牙にもかけず咀嚼している。私は箱に蓋をして、自分の足元に置いた。そして自分の饅頭を口に入れた。ふわりと黒糖の香りがする。しっとりしていて口当たりが優しい。甘さも抑えてある。

「これ美味しいね。おじいちゃんも食べるかも」
「ジジイこそ糖尿病になるぞ」
「ならないもん」
「もんじゃねーよ可愛くねんだよ」

 私の生活の基軸はおじいちゃんにある。もう何年も、食事の内容にも気を付けている。隠れてお酒を飲んだり煙草を吸っていることは知っているけれど、あまりにも制限してストレスを溜められるのも本意ではない。第一、素直に私の言うことを聞くこともそうそうないのだ。

「誰が可愛くないんじゃ薄らボケ!」
「痛って!」

 背後から現れたおじいちゃんが銀時の頭を叩く。腰に手を当て、おじいちゃんが銀時を睨む。

「おまえの目は節穴か!ナマエのどこが可愛くないんじゃ!」
「オイジジイ!おまえバカスカ毎日毎日俺の頭叩いてんじゃねーよ!その度に脳細胞が死滅すんだよ!」
「元々死んでるようなもんだろーがおまえの脳細胞なんか!ついでに目も死んでっし毛根も死にかけてんじゃろーが!」
「あ!天パのことイジりやがったな⁉禁断のイジリを!てめーなんか毛根家出してんじゃねーか焼け野原じゃねーか!」
「やかましいわ!おまえもいつかこうなるんじゃ!」
「やめろ!想像したくない!」

 ぎゃあぎゃあと一気に家中が騒がしくなる。蝉が負けじと鳴いている。
 笑いを押さえ込みきれなかった私は、つい噴き出してしまった。こんなに賑やかな夏は、初めてだ。





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