「なんで女ってのは自分を置いてく男なんかを追っちまうんですかねィ」
串に刺さった団子を歯で引き抜く。隣に座っている万事屋の旦那はきょとんとしていた。
「なに、沖田くん失恋でもしたの?」
「そんないいモンじゃねぇですよ」
俺が見回りの休憩場所として使っている団子屋は旦那の行きつけの店でもあり、白昼の街で出会すことはそう珍しくない。俺は立派な公務の最中だが、旦那は専らパチンコ帰りだ。いつも冴えない面をしているが、負けた日なんかは更に覇気がない。しかし今日は珍しく儲けがあったらしく、意気揚々としていた。機嫌良く団子を頬張っている。なんなら奢ってやろうかなどと宣ったのだが、あとから請求されても胸糞悪いので断った。
「珍しいじゃん。沖田くんは女には興味ねーのかと思ってたけど」
「俺はホモじゃありやせんぜ」
「いやそういう意味じゃなくて。女なんか調教するモンとか思ってそうだし」
俺は随分と歪んだ性癖の持ち主と認識されているらしい。あながち間違いでもないが、世の女の全てをそう見ているわけではない。現に、目の前を通り過ぎていく名前も知らない女共のことなんて、いくらブスでも美人でも興味は湧かない。俺はとっておきの女を知っているからだ。この世のどこを探してもいないが、どんなものよりも美しい人がいる。シスコンだ何だと言われても構わない。俺にとっては、最上の人がいる。
旦那の足元に茶虎の野良猫が擦り寄ってくる。甘えた声で鳴いているが、ケツには立派なふぐりが付いていた。
「失恋じゃないならなんなのよ」
黒いブーツに体を擦り付ける猫を避けるように、旦那は足を組む。しかし猫はしつこく付き纏い、ブーツの先の匂いを嗅いでいる。
「……死に水を取ってもらうなら、あの人がいいと思ったんでさァ」
「死に水?」
怪訝な顔をされる。最上の人の地位は変わらないが、近頃、心が疼くような感覚を覚えた人がいた。その人は今も生きている。何なら毎日のように顔を合わせている。真選組の女中だからだ。
猫はベンチへ飛び乗り、旦那の食べかけの団子の匂いを確かめている。しかしすぐに首根っこを掴まれ、地面へすとんと降ろされた。猫は目を細め、にゃー、と不満げに鳴いている。
真選組一番隊は、その名の通り戦地に一番に乗り込む切り込み隊だ。最も多くの敵と相対し、最も危険な位置にある。隊の中でも負傷者、死傷者を出しやすくなるのは必然のこと。腕の立つ剣士の寄せ集めとは言え、これまで何人の隊士が犠牲になったか知れない。そして犠牲になった者のほとんどは、誰に見送られることもなく、冷たい地面で、流れる血を見ながら死んでいく。
夜間に攘夷浪士の吹き溜りへ討ち入りに入ったときだ。一番隊は負傷者が多数、死者も出た。そこへなぜ、新米女中が通りかかったのか定かではない。あとになって、知り合いの家へ誘われて夕食を一緒に食べたのだと聞いた。
女は、俺の制止も聞かずに瀕死の隊士へ真っ先に駆け寄った。腹からは血が溢れ出し、顔は殴られて原型を留めていなかった。か細い呼吸を繰り返す隊士の元に女は跪いた。隊士の潰れた目に女の顔が映っていたかはわからない。しかし、虫の息のそいつは、嫁だか恋人だか、一人の女の名前を繰り返し呼んでいた。女は血にまみれたその隊士の手を何も言わずに握った。両手で包み込むように、何かを受け取るように。
やがて隊士は息を引き取った。表情は汲み取れないが、どこか安らかにも見えたのは、自分の求めた女でなくとも最後を看取ってくれる相手がいたからか。女は涙も見せずに、冷たくなっていく隊士を見送った。
旦那は団子を咀嚼しながら俺の話を黙って聞いていた。猫は旦那を見限り、団子を諦め去っていった。
「こんな堅苦しい隊服と肩書きがなけりゃあ、俺たちなんかただの人斬り集団だ。ろくな死に方しねえのはわかってんでさァ。それでも、最後の最後にああして手を取って見送ってくれる人がいれば、それだけで上々な人生だって勘違いさせてくれそうじゃないですかィ」
「お熱いねぇ」
「そういうんじゃねぇんでさァ。ただ……」
あの人を置いて行った奴が、どんな奴なのか。口振りからして男であることは察することができた。いや、男であろうと女であろうと、禄でもない奴であることは間違いない。
煙草を燻らせるムカつくヤローの顔が浮かぶ。旦那は串を皿に置いてお茶を啜った。俺も気を落ち着かせるようにお茶を口に含む。口内に纏わりついていた甘みがお茶と共に流されていく。
「旦那も死に水を取ってもらいたい女くらい、考えといたほうがいいですぜィ。四捨五入すりゃあアンタだって犯罪者だし、ろくな死に方しねぇんだから」
「はぁ?銀さんは善良な市民だっつーの。そりゃ昔はちょっとやんちゃしてましたけどぉ」
「ちょっとどころじゃねぇでしょう」
「犯罪者っつーのはなぁ、あそこで女に絡んでる酔っ払いのこと言うんだよ。あれで無理やりどっか連れ込まれたらもう手遅れだぜ。警察なら仕事してこいや」
旦那が顎でしゃくった先には、数人の男と一人の女がこちらに背を向けて立っていた。男共は揃って猿のように顔が赤く、下品な笑い声を上げている。
噂をすればなんとやら、だ。あの後ろ姿は件のうちの女中だ。俺は腰を上げ、酔っ払いの中へ割って入った。
「このおねーさん仕事中なんで勘弁してやってくれやすかねィ」
睨みつけながら鞘から剣を覗かせれば、酔っ払い共は短く悲鳴を上げて逃げていった。輪の中心にいたナマエさんは俺の顔を見て相好を崩し、安堵したように息を吐いた。しゃんとしているように見えて、この人には隙が多い。良く言えば取っつきやすいのだが、それは妙な奴に付け入られやすいということと同義だ。沖田さん、と俺を見上げる目に肩を竦める。
「酔っ払いくらい振り払えるようにならねぇと、ここじゃやっていけねぇですぜ」
「話聞いてくれないんですよ」
「素面じゃねー相手に何言っても無駄でィ」
金玉蹴り上げりゃ大概の男は黙る、と言うと、ナマエさんは苦笑した。この人は他人に対する警戒心が薄いように思う。人間みんなが善人だとでも思っているのだろうか。しかし、江戸で知り合いが増えれば今のような余計な面倒事に巻き込まれることも少なくなるだろう。こういうときに頼りになるのが、プー太郎だが腕は確かな万事屋だ。俺はベンチに座っている旦那を振り返る。が、旦那は座っていなかった。目を丸くしてその場に立ち尽くしていた。ぽかんと開いた口から落ちるように声が漏れる。
「ナマエ……?」
ナマエさんもまた、旦那をまっすぐに見つめながら呆然としていた。
飄々としていて掴み所がなく、流れる雲のような男が、言葉を失っている様を俺は初めて見た。
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