変わらない銀色がそこにあった。その声は確かに私の名前を音にしていた。私は瞬きすら忘れて、かける言葉さえも出てこず、ただそこへ突っ立っていることしかできなかった。スクーターに乗っている姿を見たときから、いつか会えるのではないかと思っていた。でも、いざ会ってしまっても頭の中は真っ白になるだけだった。
隣の沖田さんが私と銀時を交互に見遣る。微妙な空気を感じ取っているのは明らかだった。
「ナマエさん?」
沖田さんが私の顔を覗き込む。ハッとして、慌てて「あ、いや、」と繰り返す。沖田さんが僅かに目を細めた。
「知り合いですかィ、お二人さん」
「あ、うん、じゃなくて、はい、少し」
何をそんなに慌てることがあるのか。頭の中のもう一人の自分は冷ややかな目をしているが、現実の私の鼓動は早まっていくばかりで、つい敬語が外れてしまう。沖田さんは年下だが、真選組の隊長で、私は一女中に過ぎない。直属の上司ではないが、礼儀として常に敬語で話すようにしていたのに。
沖田さんの探るような視線から逃れるように銀時を一瞥する。銀時は何も言わない。何か言って欲しいと願う反面、何も言わないで欲しいと望んでいる。相反する気持ちが拮抗している。先程まで酔っ払いの男性数人に囲まれていたが、それとは比にならないくらい狼狽えている。
「ナマエさん、アンタがそばにいてほしかった相手って」
沖田さんが途中で言葉を詰まらせる。深紅色の丸い瞳は私から外れ、私の背後を見ている。振り向くと、路地の間から白いアヒルのようなペンギンのような謎の生命体と長髪の男性が現れていた。艶のある黒髪はまるで女性と見紛うような滑らかさだが、美しくも精悍な目つきは男性のものだった。
「カァツラァァァァァァァ‼」
沖田さんが突如声を張り上げる。どこへ隠し持っていたのか、バズーカを肩に担ぎ上げる。砲口の先には長髪の男がいるが、その間には私がいる。危険を察知し伏せようとすると同時に、沖田さんが火薬に火を灯す。長髪の男と謎の生命体は脱兎の如く駆け出した。それを追うように砲弾が放たれる。私は沖田さんの足元にしゃがみ込んだが、地面に着こうとした手を誰かに引っ掴まれた。力強く引っ張られたかと思うと、何かにぶつかる。間も無くして、バズーカの轟音が耳をつんざき、固く目を閉じる。
噎せ返るほどの白煙が爆風と共に周囲に立ち込める。しかし、私の体は爆風を受けることはなかった。恐る恐る目を開けると、太い首筋と鎖骨が見えた。私の頭には、包むように掌が添えられている。見上げると、白煙に紛れて銀時の顔が見えた。しかしそれは何十秒にも満たない間のことで、煙が晴れていくと銀時はすぐに立ち上がり、私から離れていった。ゆらりと着流しの裾が目の前で揺れた。
「ふははははは!どこを狙っている幕府の犬め!そんなものではこの逃げの小太郎は捕まえられんぞ!」
高らかな笑い声に頭上を見上げる。長髪の男と謎の生命体は、いつの間にか家屋の屋根に上がっていた。沖田さんは屋根を見上げ盛大に舌打ちをした。しかし長髪の男は意に介さず、「さらばだ!バイビー!」と死語で別れを告げて屋根を飛び降りていった。
髪が少し焦げたとぼやいている銀時へ目を向ける。何度見ても、銀時だ。締まりのない顔、気怠げな立ち姿。陽に当たる銀髪。
――何か言わなきゃ。何か、何か。
思考を必死に巡らせるのに、何も出てこない。
「ちょっとちょっと銀さん!何してくれてんのぉ!」
バズーカで破壊された家屋の住人が銀時へ詰め寄る。銀時はたじろぎ、沖田さんを指差す。
「えっ俺ェ⁉俺じゃねーよコイツが!」
「あーあー旦那ァ何してんですかィ」
沖田さんが抱えていたバズーカは、いつの間にか銀時の足元に転がっていた。砲口からはまだ硝煙が登っている。
「オイィィィ!てめ、ざっけんなよコラ!」
「行きやすぜィ、ナマエさん」
「え、沖田さん!」
沖田さんが私の手を引いて早足で歩き出す。引っ張られるがままに歩きながら振り返ると、銀時と一瞬目が合った。しかし、銀時は怒る住人に耳を摘まれ、どこかへ引きずられていった。
「旦那と知り合いだったんで?」
屯所に戻り開口一番腹が減ったと言う沖田さんに、おにぎりを作った。食堂で立ったまま、もぐもぐとおにぎりを食べる沖田さんは明日の天気を訊ねるように私へ問う。私も沖田さんに訊きたいことがあった。梅干しを冷蔵庫へしまい、沖田さんを見遣る。
「そばにいてほしかった相手って、何のことですか?」
「……」
沖田さんは指先をぺろりと舐めた。沖田さんに私の来歴について話したことはない。近藤さんにも銀時のことは話していない。高熱に浮かされていたのでどこまで話したかはっきりと覚えていないが、先日倒れたときに、土方さんにはそれに近いことを言ってしまったと思う。あのとき、障子の向こうに見えた人影があった。あれはやはり、沖田さんだったのだ。
無表情のまま答えない沖田さんに、私は短くため息をついた。
「盗み聞きなんて悪趣味ですよ」
非難したつもりだったが、沖田さんは「今更でさァ」と開き直る。口で勝てる気がしない。
手を洗うため蛇口を捻る。出てきた水は生温い。昼過ぎの屯所は静まり返っていた。みんな市中に出払っていたり、道場で稽古をしているのだ。食堂には水の流れる音だけが響く。
「旦那を引き止めようったって無駄だと思いやすぜ」
蛇口を締める。古い蛇口は固く閉じても水滴をぽつりぽつりと落とす。
「昔のことです。それに引き止めてないですよ。聞いてたんなら知ってるでしょう」
「ただの昔の知り合いって感じじゃなかったんでねィ」
「何が言いたいんですか?」
笑顔を貼り付けていたものの、語気は強くなってしまった。沖田さんは終始表情を変えない。反対に、私は自分が取り乱していることに気付き、口を噤む。手持ち無沙汰になり、乾いた布巾を手に取り再び蛇口を捻る。今度は冷たい水が流れてきた。
「……沖田さんこそ、知り合いなんですよね?」
「旦那とは腐れ縁でさァ」
布巾を十二分に濡らす。沖田さんは二つ目のおにぎりへ手を伸ばした。真選組一番隊隊長といういかつい肩書きを背負ってはいるが、まだ十八歳の青年なのだ。旺盛な食欲と滑らかな肌を見ていると実感する。沖田さんはおにぎりを咀嚼する合間、「腐れ縁でも」とシンクに凭れた。
「旦那のあんな顔は初めて見やした」
「……」
「アンタのあんな顔も、そんなに感情的になんのも、初めて見た」
足音が食堂へ近付いてくる。早足で床を強く踏み締めるような足音は、それだけで憤っていることがわかる。間も無くして食堂へ顔を出したのは、土方さんだった。沖田さんを認めるなり、険しい顔を更に歪める。どうやら先程バズーカで一般家屋を破壊したことがバレてしまい、苦情と修繕費の請求が来たようだ。
始末書の作成を命じられた沖田さんは渋々自室へと向かった。土方さんも文句を言いながら後に続く。
蛇口を締め、濡れた布巾を絞る。濡れ衣が晴れたようで良かった。
驚いた表情の銀時を思い出す。そして、私の名前を呼んだ。覚えていてくれた。それはとても嬉しい。でも、それから銀時は私に対して何も発することがなかった。もしかしたら、銀時にとって私との再会は喜ばしいことではないのかもしれない。もしくは、大したことではないのかもしれない。
人の気持ちは考えたところですべて想定に過ぎない。それでも、あれこれと考えてしまうことをやめられない。
水滴が重力に従い落ちている。溜まった水滴は、粒となって排水口に吸い込まれていった。
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