どうやら真選組の管轄内で銀時は暮らしているらしい。
江戸へ来て数ヶ月、それまで顔を合わせることなどなかったのに、再会したあの日から一週間と経たずに私は銀時と鉢合わせていた。ドラッグストアの安売りのチラシを持つ私と、レンタルビデオ屋の前で看板持ちをしている銀時。道端でばったりと会ってしまい、お互いに数秒間硬直していた。真昼間の往来の中、誰も私たちを気に留める人などいない。色褪せた紫陽花のほうが、まだ人の目に留まっている。
しばらく互いに立ち尽くしたあと、先に口を開いたのは銀時のほうだった。
「おう……久しぶり」
まるで先日顔を合わせたことがなかったかのような挨拶。あのときは挨拶どころじゃかったから、これを再会と捉えたほうがいいのだろうか。瞬時にあれこれと考え、当たり障りなく、久しぶり、と答える。
「元気そうだね?」
ぎこちない私の問いかけに、銀時は「おまえもな」と返事をする。銀時の持っている看板には、R18新作大漁!団地妻――以下割愛――と書かれていた。私の視線が上に向いていることに気付いてか、銀時はくるりと看板を裏返しにした。塗装もされていない愛想のない木の板が顔を出す。
どんな顔をすればいいのかわからない。数秒経ち、首筋を掻きながら、銀時が質問を投げかけてくる。
「いつからこっちにいんの?」
「え、春くらいから……」
「ふーん……」
廃れたレンタルビデオ屋の前では誰も足を止めない。会話が途切れてしまい、またしばらく沈黙が続いた。
銀時は?どこで何をして過ごしてたの?今は、どうしてるの?
どれも声にはならず、私は握ったチラシへ目を落とす。
「じゃあ、行くところあるから」
「おう」
「……またね」
「おう」
ビデオ屋の前を通り過ぎる。胸が、どきどきしている。訊きたいことが何も訊けない自分の意気地の無さには呆れるが、銀時はちゃんと私のことを覚えていた。それがわかっただけでも、安堵した。ああ、庇ってくれたお礼もできなかった。今度会えたら、ちゃんとお礼を言わなくてはいけない。
振り返りそうになるのを堪え、チラシの地図を見ながら歩く。通りを進んで、右に曲がって、また進んで、右に曲がって―――私は、何度目かの同じ道に出ていた。地図の通りに進んでいるはずなのに、なぜだろう。地図を回転させてみる。目的地に全く近付いていない。一旦振り出しに戻ってみようか。いや、そんな時間はない。戻っているうちにセールが終わってしまう。今日はドラッグストアでセールをしているので、ヴィダル○スーンを手に入れたかった。真選組は日用品一つ取っても消費量が多いので、安売りしているときにまとめて買っておきたいのだけれど。
頭を悩ませていると、手から地図が引き抜かれた。驚いて振り向くと背後には銀時が立っていた。
「どこ行きてえの」
「……マツ○ヨ」
「おまえ、通り一本ずれてる」
「えっ」
「ウロウロされてちゃ仕事になんねーんだよ」
行くぞ、と銀時がチラシをはためかせながら歩き出す。私は目を瞬かせ、後を追った。
セールには間に合った。ヴィダル○スーンは無事に手に入り、ついでにガーゼや消毒液など、医療品もいくつか買い足した。真選組の隊士は生傷が絶えないので、それらの消費も激しかった。
銀時は店外で私の買い物が終わるまで待っていた。自動ドアを潜り、まだこちらに気付いていない銀時をそっと盗み見る。昔よりも髪が短くなっているせいか、顔付きがすっきりしているように見える。体躯は以前よりも逞しくなっているように見えた。ぴったりと体に沿う着流しの中のインナーのせいかもしれない。腰には木刀がある。歩いているときに、洞爺湖、という文字が見えた。廃刀令のご時世に真剣を持っているのは、警察か攘夷志士くらいのものだ。かつては銀時も真剣を持っていたが、時代を鑑みて木刀にしているのだろうか。
優しい風に押されるように、銀時へ歩み寄る。私を認めると、銀時は壁に預けていた背中を起こした。お待たせ、と言うと、口を閉じたまま「ん」と言った。袋の中を漁り、板チョコを取り出す。甘いミルクチョコレートだ。
「これ、お礼。付き合ってくれてありがとう」
受け取ったものの、銀時は瞬きを繰り返している。
「甘いもの好きだったよね?」
「そうだけど、おまえに言ったっけ」
「言われてなくても、覚えてるよ」
小さく微笑む。銀時は面食らっているが、私の中では、忘れることのないことだった。
先に歩き始めた私の後ろを銀時が歩く。指が触れたかと思うと、シャンプーの入った袋を銀時が攫っていった。
「いいよ。持てるよ」
「途中までだ。誰が好き好んで真選組の連中のとこへ行くか」
腐れ縁と沖田さんが称したのは本当らしい。銀時の口振りからも、知己の仲であることがわかる。しかし、私が真選組で女中をしていることなど言っていない。
「女中してるって誰かから聞いたの?」
「沖田くんが…………あー、まあ」
銀時は何かを言い淀む。しかし、すぐに取り直す。
「つーか、なんで真選組?」
眉をひそめられる。
「真選組の人たちのこと、よく知ってるんだね」
「知っててたまるか」
仲は良くないらしい。
「警察と知り合いなんて、銀時なにか悪いことしたの?」
「はぁ?してねえよ。あいつらが冤罪ふっかけてくるんですぅ」
「冤罪かけられるようなことをしたんでしょ」
「おま、なんか辛辣になってね?」
勝手に緊張していたのは私だけだったのか、銀時は変わらず自然体だった。声をかければ返ってくる、当たり前のことが嬉しくて、銀時が隣にいることが幸せだと思った。永遠に続くものはないと知っているのに、それを願わずにはいられない。
高く昇った陽が輝いている。来た道を引き返し、レンタルビデオ屋の前へ戻ってくると、ビデオ屋の中からサングラスをかけた男性が顔を出した。
「あ!銀さァん、ちょっと困るよ突然抜けられちゃ!」
「おー長谷川さん。客来たかよ」
「言っとくけど、バイト代減給だからね⁉」
「ケチくせぇこと言うなよ」
「サボっといて何言ってんの?図々しいにも程があるんですけど。っていうか、その別嬪さんなに?銀さんの友達?」
長谷川さんと呼ばれたその人が私に顔を向ける。友達という響きがむず痒く、私は曖昧に微笑む。長谷川さんは釣られたようにヘラっと笑った。その頭を銀さんが容赦なく叩く。長谷川さんは「痛って!なにすんだよ銀さん!」とずれたサングラスをかけ直す。どう見ても長谷川さんのほうが年上に見えるのに、銀さんと呼ばれていたり、頭を叩いたり。そういえば、銀時はおじいちゃん相手にもまるで同年代の友人のように接していた。素っ気なく見えるのに、いつの間にか人の懐に入り込んでしまう。それは相手が誰であれ、対等に向き合うことのできる銀時の人柄がそうさせているのだろう。
「鼻の下伸ばしてんじゃねーよ。アンタにゃ嫁さんがいんだろ。あれ、空気嫁だっけ」
「空気嫁じゃねーわ!」
長谷川さんとの応酬を切り上げた銀時が、シャンプーの入った袋を私へ返す。
「帰りはわかるだろ?」
「うん。ありがと」
「礼ならもらった」
懐からチョコレートを覗かせ、銀時はひらひらと手を振った。別れ際、長谷川さんに会釈をすると、気恥ずかしそうに会釈を返してくれた。その頭をまた銀時が叩き、不満の声が上がる。
「何⁉なんなのさっきから!」
「うるせーよ、ニヤニヤすんな」
耳に残る声。私と銀時には同じだけの時間が流れていたはずのに、随分遠くに離れてしまったように感じる。変わらないことに安堵した面もある。しかし、銀さんと呼ばれて、色々な人に声をかけられ、慕われている姿を見ていると、同時に寂しさも覚える。当然のことだとはわかっている。銀時には銀時の生きてきた時間があって、そこに私がいなかっただけのこと。私が一人で過ごしていた間にも、銀時は様々な繋がりを得ていたのだ。
行き場もなく、不透明な感情を体の奥底に沈める。胸の痞えを取り払うように、私は笑って手を振った。
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