真選組屯所では恒例の飲み会が開かれていた。普段と違うのは、今回の飲み会は隊士の中に女中も交えての開催となったことだ。乾杯の挨拶で近藤さんが今夜は無礼講だなどと宣言したものだから、皆一様に頬を染めて各々思いのままに馬鹿騒ぎをしている。しかし飲み会開始から三時間も経つと、徐々に潰れる連中も増えてくる。近藤さんなんかは例の如く全裸になろうとしていたが、女中もいるんですよと山崎に止められ、今は褌姿で転がっている。かく言う俺も若干頭がふわふわとして思考が鈍っていた。
 酒に強い一部の連中は固まって酒を酌み交わしていた。俺は便所に立ち、用を足したあと部屋に帰ろうとしたが、ふとナマエのことが気にかかり宴会場へ戻ることにした。飲み会が始まったときからナマエは続々と集まってくる隊士から酒を注がれて絡まれていた。飲めない訳でもないらしく、ちびちびと笑いながら飲んでいた姿を見たところまでは覚えている。しかし、時間が遅くなるにつれて女中は一人二人と帰宅していき、先程見た限りだと女中の姿はなかった。ナマエもとっくに帰っているかもしれないが、万が一残っていたとして、男共の中に放置していくのは危険過ぎる。
 宴会場へ戻ると、ナマエは隅で机に突っ伏して眠っていた。その足元には総悟が一升瓶を抱えて眠りこけている。吠えも噛みつきもできない状態ではあるが、どうやらそこにいるだけで立派な番犬になっているようだ。

「ナマエ。起きろ」

 総悟を跨いで頭を軽く叩くが微動だにしない。普段ゆっくりと話す機会のない隊士がここぞとばかりに寄って集るものだから、断りきれず注がれるままに飲んでいたのだろう。
 迷いはしたが、そのまま置いていくこともできずに腕を引っ張り上げる。するとようやく言葉にもなっていない呻き声を上げた。

「うぅん……」
「うーんじゃねーよ起きろ」

 髪の隙間から見える頬は薄ら赤い。閉じた目蓋が上がることはなく、諦めて背負うことにする。ナマエの体は軽々俺の背中に収まった。

「あー、副長いいな〜」

 未だ飲み続けている隊士たちが羨望の眼差しを向ける。

「てめーら早く寝ろ。明日の朝議遅れたら切腹だぞ」
「送り狼っすかー?副長エッチ〜」
「ああ見えて副長ウブだからそんなことできやしねーよぉ」
「よし今すぐ切腹しろ」

 仕事で帰りが夜遅くになるときに送ったことがあるので、ナマエのアパートには何度か行っている。古臭い建物で女の一人暮らしには心許ないが、本人は何ら不便を感じていないようだった。
 楕円型の月に雲がかかっている。背中の重みは大した負担にはならないが、いかんせん俺も酒が入っているせいで歩みが遅い。ナマエは熟睡しているのか声を発することがなかった。直属ではないものの、上司におんぶされてよくも呑気に眠れるものだ。気丈な女だとは思っていたが神経も図太い。
 手摺りに片手を着きながらアパートの階段を上がる。表札を確認し、ナマエの部屋の前で足を止める。アパートの前までは送っているが、部屋の前まで来たことはなかった。

「オイ、着いたぞ。鍵は」
「んー」
「このまま落としてやってもいいんだぞ」
「んー……かぎ……」
「鍵出せ」

 首を捻ると思いの外ナマエの顔が間近にあり、頭ごと逸らす。ナマエは背中で身動ぎ、間も無くして俺の足元に何の飾り気もない銀色の鍵が落ちた。ナマエを落とさないようゆっくりと膝を折り鍵を拾う。酔っ払いとは言え、念のため「開けるぞ」と断りを入れてから部屋の鍵を開ける。手探りで電気のスイッチを探し、明かりを付ける。玄関で靴を脱ぎ、ナマエを一旦下ろして草履を脱がせる。玄関の両脇はトイレや風呂場になっているようだ。短い廊下を進むと、ワンルームの簡素な空間があった。畳まれた布団、テレビ、テーブル、シンプルなカラーボックス。二十代の女が好みそうな可愛らしい雑貨や小物の類は見受けられない。唯一部屋を彩っているのは、小さな鉢の観葉植物くらいだ。
 あまり部屋の中をじろじろと見るのも憚られ、さっさと布団を広げて玄関に置いてきたナマエの元へ戻る。すると、鉄製の階段を勢いよく駆け上がってくる足音が響いてきた。反射的に腰に下げていた刀に手が伸びる。しかし、現れた男の顔に拍子抜けした。それは向こうも同じだったようで、こぼすように呟いた。

「何だてめーか……」

 息を切らしてドアに手を付いたのは万事屋だった。万事屋は玄関で寝こけているナマエを見下ろした。

「……寝てんの?」
「見りゃわかんだろ」
「つーかなんでおまえがいんの」

 あらぬ疑惑をかけるような言い草に苛立つが、簡明に事実を述べる。

「屯所で飲み会だったんだよ。そいつが潰れてたから親切で送ってきてやっただけだ」
「親切ねぇ」

 含みを持たせた言い方にまた苛立ちが募る。万事屋は玄関に足を踏み入れ、後ろ手でドアを閉めた。ナマエは目を開けない。よほどアルコールが回っているのか、元々眠りが深いのか。

「てめーこそ何なんだよ」

 訊ねると、万事屋は「居酒屋の仕事帰り」と答えた。

「居酒屋?」
「依頼だよ依頼。人手が足りねーっつーんで行ってたんだよ。察しの悪い奴だな」

 いちいち人の神経を逆撫でする奴だ。額に青筋が立つが、溜め息を吐いて抑える。真昼間の往来なら言い返すところだが、夜半の上にナマエが寝ているために下手に大声も出せない。この見るからに壁の薄そうなアパートで男二人が喧嘩などしていればすぐに騒ぎになる。

「約束でもしてたのかよ」
「そんなんするような仲じゃねーよ。通りがかったらドア開いてんの見えたから閉め忘れてんのかと思っただけだし」
「……血相変えて走ってきたくせに」

 ささやかな報復に嘲笑を送る。しかし万事屋は「うるせえ」と返すに留めた。普段の万事屋なら、一言えば十にして返すだろうに。
 万事屋はナマエの脇にしゃがみ、壊れ物に触れるように頬へ手を伸ばした。しかし、触れることはなく手を下ろした。そして深くため息をつき、ナマエの膝の裏へ腕を回して抱えると、ブーツを脱ぎ散らかして部屋を突き進む。布団の上にナマエを寝かせ、首まで掛け布団を被せる。一連の動きを見ていたが、万事屋が部屋を出て行こうとしないので痺れを切らして背中へ声をかける。

「オイ、出るぞ」

 数秒程ナマエの顔を見て、万事屋は怪訝な顔で振り返った。

「出るったって、鍵は」
「外から閉めるしかねえだろ」
「明日コイツが出るとき鍵かけられねーだろ」
「スペアくらい持ってんだろ」
「持ってんの?」
「俺が知るか!」
「でっけー声出すんじゃねーよ!お隣さんに迷惑だろ!」
「てめーもうるせえわ!」

 足元でナマエが寝返りを打つ。冷静に考えれば起きてもらったほうが諸々と解決するのでいいのだが、この時の俺たちはそこまで考えが及んでいなかった。ただ心地良さそうに眠り続けるナマエを起こさないように、互いに沈黙してナマエが再び寝息を立てるのを待った。
 ナマエはもぞもぞと動き、体を壁に向けた。間も無くして規則正しく背中が上下する。それを確認し、俺は声を潜めて提案する。

「じゃあ、コイツが起きたら俺へ電話させる。そんで俺が明日の朝ここまで来て鍵を返しゃいいだろ。それか大家に……」
「は?電話ってなに。コイツ携帯なんか持ってんの?機械音痴のくせに」
「今時携帯持ってねーのはてめーくらいだろ」
「いやでもさァ、わざわざ電話っつーのも」
「じゃあ表のガスメーターとかに鍵入れとく」
「いやそうすっと盗られたりとかさァ。事件はいつどこで起きるかわかんないからね」
「あーめんどくせぇ!じゃあてめーが持ってろ!」
「うおっ」

 鍵を投げつけると、万事屋は両手で受け取った。
 
「持ってろって……俺、明日朝から依頼入ってっし、コイツの連絡先とかなにも……」
「てめーが一晩中ここで番してりゃいいだろーが」
「はあ?おま、俺も健全な成人男性なんですけど!」

 御託を並べる万事屋を無視して玄関へ戻る。靴を履き、ドアノブへ手をかけたところで肩を掴まれる。

「もし間違いがあったらどーすんだよ」

 肩に置かれた手を掴み、力任せに引っ張りドアへ押し付ける。裸足のままの万事屋の背中がぶつかると、古いドアが僅かに撓む。壁が薄い上に立て付けも悪い。
 左手で胸倉を掴み、腕で押さえつける。先日の仕返しと言わんばかりに力を込め、眉間に皺を寄せる万事屋を睨め上げる。

「間違いなんざ起こるわけねーだろ」
「え?インポだと思われてる?確かに糖尿病予備軍だけどそこまでは」
「惚れた女にろくに触れもしねーくせに」

 おどけた万事屋の目の動きが止まる。

「人に預ける気も譲る気もねーなら、中途半端なことすんな」
「……」
「てめーで護りてえなら抱える覚悟決めろ」

 腕を離し、万事屋を退かして部屋を出る。閉めたドアに背を預け、胸ポケットから煙草を取り出す。闇に浮かぶライターの灯火が揺れる。
 自分のことを棚に上げて説教を垂れた自分に呆れる。万事屋は俺じゃないし、ナマエはアイツじゃない。
 紫煙が立ち昇る様を見上げ、アパートの階段を降りる。空には珍しく、無数の星が瞬いていた。








 緩やかに眠りから目を覚ました。布団の中で伸びをして、大きな欠伸をする。昨日の記憶が曖昧だった。屯所で飲み会があって、色々な人と話をして楽しい時間を過ごしたことは覚えているが、どうやって帰宅したのか定かではない。ただ着ているものは昨日と同じだし、体は少しべたついている。薄らと思い出せるのは土方さんの苛立った声と温かい背中。もしかしてとんでもなく迷惑をかけてしまったのではないだろうか。二日酔いとは関係なく頭が痛くなる。
 シャワーを浴びるため、布団から出る。しかし、廊下に出たところで思わず「うわっ」と喫驚した。狭い廊下で大きな体を丸めている男がいる。見慣れた流水紋の着流しで一目でそれが銀時とわかったが、それでも理解が追いつかない。屯所での飲み会から帰っただけなのに、なぜ銀時がうちにいるのだろう。
 覗き込むと、銀時は口を開けて寝ていた。その寝顔はかつて見ていたものと変わらない。疑問を上回る懐かしさに頬が緩む。しかし、冷たい廊下で冷えてしまったのか、銀時は大きなくしゃみをして体を縮こまらせた。隣にしゃがみ、名前を呼んで脇腹の辺りを軽く叩く。

「銀時。起きて。おーい」
「……ん、あ?」

 ぐっすりと眠っていたように見えたけれど、銀時は思いの外すぐに目覚めた。緩慢な動きで起き上がり、欠伸をしながら開けた胸元を掻きむしる。いつも跳ね回っている銀髪が更に爆発しており、顔には寝跡がくっきりとついていた。開ききっていない目を擦る銀時に訊ねる。

「なんでいるの?」
「……なんでって」
「ごめん、昨日のことよく覚えてなくて……」

 銀時はぼんやりとした目を私に向ける。胸を掻いていた手の動きを徐々に遅め、何かを思い出したように掌を開いた。その中には私が持っているはずの部屋の鍵があった。なぜ銀時がうちの鍵を持っているのか。きょとんとする私の額に、鍵がべちんと叩きつけられる。

「痛っ」

 額から落ちた鍵は金属らしくない熱を持っていた。

「おまえ、潰れるまで飲むなよ」

 私はなぜ銀時に注意されているのかよくわからないまま、ごめん、とひとまず謝る。銀時は「水くんない?」とのろのろと立ち上がった。ステンレスのラックにかけてあった百均のガラスコップに水道水を注ぎ、勢いよく飲み干す。動く喉仏を眺めながら、本当になぜ銀時がいるのだろうと回らない頭で考えた。

「あの、銀時が送ってくれたの?」
「あー?なんで俺が」
「じゃあやっぱり土方さんか……」

 頭を抱える。今日は午後から仕事なので土方さんにも会うけれど、とりあえず先に電話して謝ったほうがいいだろうか。悩む私を銀時は冷めた目で見ていた。

「おまえさ、土方くんと仲いいよね」
「……そうかな」
「まあ、関係ねえけど。俺帰るわ」
「え?帰るの?」

 つい口を衝いて出た言葉に銀時が振り返る。結んだ唇と繰り返される瞬きに、まるで引き止めるようなことを言ってしまったことに遅れて気が付いた。

「いや、帰るよね。ごめん、なんか迷惑かけたみたいで」
「……や、別に……今日依頼入ってっから」
「そう。頑張ってね」

 銀時は生返事をして、玄関を出て行った。私は十秒ほどドアを見たまま立ち尽くし、深く息を吐いて携帯電話を取り出した。六時を回ったばかりだけれど、土方さんなら起きているだろう。飲み会の翌朝は大概の隊士が二日酔いで潰れているけれど、土方さんはいつでも自分を律しており平静を保っている。
 電話帳から土方十四郎の名前を表示させ、発信ボタンを押す。数回のコール音のあと、低い声が耳に届く。

「おう、起きたか酔っ払い」

 その言い草に項垂れる。

「すみません、土方さん……」
「覚えてんのか」
「よく覚えてないんですけど、ご迷惑をおかけしたんでしょうか」
「おまえ一回寝ると起きないタイプだな」

 土方さんの言葉を聞いている耳が別の音を拾う。玄関のドアが開くと、帰ったはずの銀時が立っていた。電話口で土方さんが喋っているのに、全く話が入ってこない。銀時は玄関の壁に手をつき、ブーツも脱がずに腕を伸ばした。そして私の手から携帯を抜き去り、自分の耳へ当てる。

「よう税金ドロボー」

 口角が歪に上がっている。私はぽかんと口を開けて間抜けな表情のまま銀時を見ていた。

「あん?俺だって朝っぱらからヤローの声なんか聞きたくねえっつの」

 二人の会話が進んでいることにハッとして、慌てて携帯を取り返そうと手を伸ばす。しかし、その手は呆気なく掴まれる。指を包む固い大きな掌の感触にどきりとする。携帯を取り返すために手を抜き取ろうとするものの、動かそうとすると更に力を込められて微動だにできない。銀時は壁を睨むように見ており、私と目を合わせようとしない。何がしたいんだ。

「ちょっと」
「てめーにごちゃごちゃ言われる筋合いねーんだよ。あ?うるっせーな!切るぞ!もうかけてくんなよ!」
「銀時、声大きい」

 通話口から土方さんの声が僅かに聞こえていたが、銀時は電話を切った。苛立たしげに眉根を寄せている。掴まれた手はそのままで、私が小さく「手……」と呟くと、慌てて離した。両手を挙げ、投降のポーズを取っている。しかしそれでは携帯に届かない。

「携帯」
「あ、あぁ」

 携帯電話が私の元へ返ってくる。しかし、銀時は今度は携帯電話を離さない。本当に何がしたいんだろうか。無言で見上げると、銀時は着流しの懐を漁り、小さな紙を取り出した。渡されたそれは名刺で、万事屋銀ちゃんと記されている。

「裏に番号、書けよ」
「え?」
「おまえの!電話番号!」
「なんで怒ってるの……」

 怒りたいのはこちらのほうだ。土方さんにろくに謝れていない。その上、訳もわからないまま勝手に心の内を掻き回されている。私が銀時の一挙一動で心臓を跳ねさせていることなんて、知る由もないのだろう。恨めしく思いながらも、名刺の裏に自分の電話番号を走り書きする。銀時はそれを受け取ると、じゃ、とあっさりと携帯を返して部屋を出て行った。数拍して、まだ部屋の外にいるんじゃないだろうかとドアを開けた。が、銀時は既に階段を降りた先にいた。振り向くこともなく帰路に着くその背を見送り、ドアを閉める。
 銀時が横になっていた廊下は、まだほんのりと温かかった。結局、どうしてうちにいたのかはわからないままだった。






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