「実際のとこどうなんですかィ」

 隣でお汁粉を啜っていた沖田くんから脈絡のない質問を投げかけられる。俺は団子を食べ終え、質素な姿になった爪楊枝を皿の上に置いた。

「なんの話?」
「旦那とナマエさんの関係でさァ」

 ナマエさんに訊いても何にもないの一点張りなんでね、と沖田くんはつまらなさそうに言った。餅を咀嚼する頬がのんびりと動いている。
 甘味処や茶屋で沖田くんに出会すことは度々ある。しかし、こんな風にナマエのことを訊かれたのは初めてだった。俺は時間をかけてお茶を喉に流し込んだ。
 関係性を問われても、ナマエの言う通り何もないとしか言いようがない。ただの昔の知り合いで、今はたまに会うだけの赤の他人。他にどんな言い方があるだろう。考えたが、何も出てこない。

「一応言っとくけど、昔の女じゃねえよ」
「俺にはそんなちゃちな関係には見えやせんでしたけど」

 ナマエとかぶき町で初めて会ったとき、居合わせたのは沖田くんだった。あのときは柄にもなくひどく動揺してしまった。いや、動揺するなと言うほうが無理難題だ。二度と会うことはないくらいに思っていた相手が目の前に現れたのだから。
 聡い奴とは目を合わせないに限る。俺は流れる人通りへ視線を移した。

「悠長にしてるんですねィ」

 沖田くんが箸でお椀の中を掻き混ぜる。甘い匂いが鼻腔をつく。

「好かれてる自覚があるから、そんなふうにあぐらかいてられるんでさァ。いつまでもあの人が自分のこと見てるなんて、どうして思い込めるんですかィ?」
「はあ? 俺はそんなん……」
「うかうかしてるうちに拐われちまいますよ」

 俺の否定を聞く前に、沖田くんは胃の中へお汁粉を流し込む。上向きなった喉がこくりと動く。
 たしかに、ナマエは俺のそばにいたいと言った。しかし、たった一度きりのことだ。ナマエは江戸へ来てまだ一年と経たない。苦労だってあるはずだが泣き言も言わない。身に降りかかる辛苦を吐き出す奴ではないことは知っているが、たまに会ったときくらい愚痴なり困り事なり話してもいいのではないだろうか。先日、それに近いことをようやっと言ったが、あのときは俺のほうから促したからに過ぎない。
 最近のナマエは、意図的に俺との間に壁を作っている。新八や神楽がいるときにはあまり気にならないが、言動の端々にそれを気取ることがある。自分から距離をとったくせにそれが気に入らないなんて、身勝手極まりない。ナマエの意思はナマエのもので、俺が自分本意に想像して操作できるものではない。頭ではわかっているのに、焦燥やもどかしさが先立つ。
 秋風が着流しを揺らし、飛ばされてきた落ち葉が足に当たる。日は照っているが、風は冷たい。
 沖田くんは店員が運んできた湯気の立つお茶を一口飲み「知ってやすかィ」と口角を吊り上げた。何か良くないことを考えているときの顔だった。

「土方さんに見合い話が出てるんですがねィ、あのヤローそれを反故にするためにナマエさんを恋人代理にするつもりなんでさァ」

 背後で盆が派手な音を立てながら床に落ちる。失礼しましたぁ、と女の間延びした声が聞こえる。沖田くんは反射的に振り返っていたが、俺は沖田くんの嫌味なくらい整った顔を凝視していた。女に大事ないことを見届けると、視線はすぐにこちらへ戻ってきた。

「気になりやすか」

 腹黒い笑みが視界を埋める。俺はついと顔を逸らす。

「なんで俺が気にしなきゃなんねーんだよ」
「まぁ土方さん顔だけはいいから、そのまま流れで二人マジで付き合うなんてことにもなり得るんじゃないですかね〜」

 顔だけは、と沖田くんは強調した。俺は嫌な動悸を感じていた。

「今頃打ち合わせしてんだろーなー役所のそばのファミレスっつってたかな〜」

 湯飲みのお茶を飲み干し、すっくと立ち上がる俺を丸い深紅の瞳が見上げる。愉快そうな顔に腹が立つ。

「行くんですかィ」
「依頼人が来るから帰るんだよ。てめーらの茶番に付き合うほど暇じゃねーの」

 席を離れようとすると、店員がひょこひょこと歩み寄ってきた。先ほど盆を落とした若い女だった。お代をもらってないと言うので、まだ座っている沖田くんを指す。

「コイツが払うってことで」
「あー旦那、俺ァ顔パスなんで払わねえですぜ」
「えっ? なんで?」

 釈然としないまま、にっこりと笑って待っている女へ金を払った。背中に視線を感じたが、振り返らずに歩を進める。
 馬鹿馬鹿しい。見合いを断るための口実でその辺の女を恋人と装うなんて、少女漫画じゃあるまいし、いい大人がすることじゃない。そして俺はラブコメ漫画の主人公でも当て馬でもないので、わざわざそれを阻止するために二人の間に乱入もしない。偽りの恋人を演じていた末に二人が本当に付き合うことになろうとも、俺には全く関係のないことだ。










 禁煙席と喫煙席を隔てる壁に土方さんは愛刀を立てかけた。世間では禁煙を推奨する広告や情報が溢れかえっているけれど、土方さんは頑なに煙草を手放そうとしない。最早アイデンティティーとも言えるそれは、世界が滅ぶときになっても土方さんの手にあるのだろう。
 ガラスの向こうの禁煙席には年代も様々な人が見えるが、喫煙席にはほとんど人気がない。外仕事の人達だろう、首にタオルを巻いた作業着姿の男性数人が昼食を取っているくらいだった。

「再三聞きましたけど、私でいいんですか?」
「再三言ったが、俺の周りにいる女で一番まともなのがおまえなんだよ」
「そういう意味じゃなくて……」

 失礼いたします、と店員の女性がすき焼き鍋を運んできた。一人前用の鉄鍋の中ですき焼きが煮立っている。ご飯や副菜が次々にテーブルへ並べられていく。土方さんの前にも同じものが並べられたが、土方さんはすぐにマヨネーズをかけたので、見た目は別の料理になった。
 料理が運ばれてきたことで私の言葉は遮られてしまった。私が言いたかったことは、偽りだとしても土方さんと私が恋人同士に見えるのかということだった。口を開こうとして閉ざした私を土方さんが見遣る。

「食わねーのか」
「……いただきます」

 合掌して箸を手に取る。向かいに座る土方さんはお腹が空いていたのか、黙々と食事を始めた。毎日相当な運動をこなしているだけあって食も良い。昔から人がたくさん食べているのを見るのは好きだった。屯所でも、みんなが美味しそうにご飯を食べている姿を見るのは私の密かな楽しみになっている。
 甘くてしょっぱい牛肉を咀嚼しながら、土方さんの長い指先を何となしに眺める。毎日のように顔を合わせているものの、土方さんと二人きりで食事を取ったことはない。ましてや、じっくりと顔を見たこともほとんどない。真選組内では土方さんは一番のモテ男と呼ばれている。切れ長の目やきれいな鼻筋、低い声。身長も高くスタイルは抜群に良い。土方さんが格好良いことは知っていたけれど、改めてそれを実感してしまうと、隣に私がいていいのかと不安が募るばかりだった。
 土方さんに幕臣の愛娘とのお見合い話が出たのは、つい一週間程前のことだった。しかし土方さんは、にべも無くその縁談を断った。所帯を持つ気は更々ないのだと言う。ところが、見合い相手の娘さんは市中見廻りをしている土方さんに一目惚れしてしまっていたらしく、粘り強く食事に行こうと誘ってくるらしいのだ。そこで駆り出されたのが、土方さん曰く一番まともな女の知り合いである私だった。

「その幕府のお偉いさんの娘ってのが相当ヤンチャでな。夜はホスト遊びだクラブだと豪勢にやってるらしい」

 食事を終え、土方さんはホットコーヒーにマヨネーズを渦を描くように巻いた。屯所の食堂では見慣れた景色だが、通りがかった店員が奇異なものを見るような目で二度見していくと、改めて異常なものなのだと実感する。
 私はお新香を摘みながら、縁のない場所にただ頷く。

「若いですね」
「オバサンみてーなこと言うな」
「もう若くもないので」
「そうすっと俺もオジサンってことか? あ?」
「話逸れてます、土方さん」

 土方さんは咳払いを一つして、煙草に火を付ける。

「とにかく、その娘には俺に恋人がいることを見せつける。俺のほうから二度も三度も断るのは体が悪い。向こうから断らせる」
「見せつけるって?」

 土方さんは灰皿を手繰り寄せ、手元に置いた。

「その娘が出入りしているところに俺たちも自然に紛れ込む」
「不自然ですよ」
「堂々と俺たちが恋人同士だなんて公言するよかマシだろ」
「そうですけど……」

 公言してしまえば、噂はあっという間に広まる。あくまで一緒に歩いていただけ、という体裁を取るつもりなのだろう。
 お見合い写真を私も見せてもらったけれど、とてもきれいな女性だった。土方さんと並んでも、きっと引けを取らないだろう。そんな彼女が私を見て、まさか土方さんの恋人と勘違いしてくれるのだろうか。
 私は頭を抱えたいのを堪え、箸を置いてお茶を飲んで溜め息をごまかした。

「食事くらい行けばいいのに」

 しれっと言ってみると、土方さんは眉間に皺を寄せた。

「おまえ、他人事だと思って……」

 土方さんの言葉が詰まる。上を向いている視線を追うように私も体を傾けて頭上を見上げると、ガラスの向こうに険しい顔をした銀時が立っていた。
 銀時は喫煙席へずいと入ってくる。そして空いている席があるにも関わらず、私の隣へ腰を下ろした。足が触れるような距離に座られ、私はそっと奥へ詰めた。しかし、銀時は私の動きには気を留めず目の前の土方さんへ噛み付くような目を向けている。土方さんも銀時を睨む。

「てめーなに勝手に座ってんだ」
「大串くんさぁ、また一般人巻き込む気なの? ケーサツってそんなに偉いんだっけ?」
「大串じゃねーって何回言わせんだクソ天パ。人の名前も覚えらんねーのか。脳みそ洗ってこい」
「はあ? 脳みそなんて洗えませんけど? 洗えるもんならやってみてほしいわーちょっと店員さん洗面器持ってきてくれますぅ?」
「上等だコラ、てめーの頭かっ捌いて洗ってやらァ」

 二人の口から互いのことを聞いたことはあったけれど、対面しているところを見るのは初めてだった。まさに、ああ言えばこう言う状態である。およそ大人の応酬とは思えないような口喧嘩が始まった。
 通り過ぎる店員や、作業員の人たちが眉を顰めてこちらを見ている。私はどうやって諌めればいいのか狼狽していたが、身を乗り出そうとする銀時を押さえて無理やり席に座らせた。銀時は唇を尖らせる。

「なんなんだよ」
「うるさいから、静かにして」
「はああ? 元はと言えばコイツが」
「ていうか、銀時なんでいるの?」

 はた、と銀時が動きを止める。土方さんも抜刀しかねない勢いだったが、ふんと鼻を鳴らして煙草を咥え直した。

「どうせ総悟あたりに余計なこと吹き込まれて来たんだろうが、てめーが心配することなんざねーよ」

 銀時は煙草の煙を大仰に手で払った。それはもろに私の顔に当たる。

「俺は警察の横暴な職権濫用に反対してるだけですけど? パワハラじゃない? つーか、おまえも迷惑だって言えや」

 突然矛先が私に向けられる。どうして私が責められるのか。

「迷惑というか困惑はしてるけど……土方さんにはお世話になってるし」
「世話になってたらおまえはなんでもすんのかよ」
「そういうわけじゃないよ」

 刺のある言い方についむっとする。土方さんは「痴話喧嘩はやめろ」と目を細める。痴話喧嘩じゃないと言おうとしたところで、ファミレスの入り口から新八くんが顔を出す。

「あ、銀さん! お客さん来られてますよ! 女の子がお母さんと一緒に銀さんのこと待ってるんですよ!」

 銀時は舌打ちをして、大股でファミレスを出て行った。私は小さく息を吐き、席に座り直す。銀時の座っていた場所が生温かい。いきなり現れたかと思えば喧嘩を始めるし、私にまで剣突を食らわせる。一体何をしに来たのか。

「難儀なヤローだな」

 土方さんがぽつりと呟く。訊き直したけれど、土方さんは「いや」と言って答えなかった。





top

ALICE+