溜まった落ち葉を集め、焚き火をする。軍手を嵌めた手でトングを持つ俺の姿は一見すると警察官には見えないだろう。先程までミントンに勤しんでいたのだが副長に蹴り飛ばされた。踏みつけられた尻が痛い。絶対に青くなっている。
 濡れ縁に腰掛けた副長が煙草を燻らせる。俺は落ち葉を掻き分けながら件の間者ですが、と口火を切る。

「沖田隊長の拷問でようやっと吐いたようです」
「さすがサディスティック星の王子だ」

 感情の籠もっていない声。パキパキと音を鳴らしながら火は燃える。秋晴れの心地よい天気だが、最近は昼間でもめっきり寒くなった。
 立会人からの報告書には沖田隊長の拷問の内容がつぶさに書き記されているが、割愛する。あの人は人をいたぶることに快感を覚える生粋のサディストだ。だからこそ、捕らえた間者の拷問には普段は参加しないのだが——副長が参加させないようにしている——、今回は特例だった。組内に攘夷浪士の間者が隊士として紛れ込んでいたのだ。

「あの男、副長の睨んだ通り八月の終わりに一斉逮捕した一派の者のようです」
「桂のことは」
「それが桂とはもう何ヶ月も前に袂を分かっているようです。攘夷党から分離した過激派の連中です」
「まあ、桂ならあんな安易なことはしねえだろうな」
「今回の潜入もお粗末でしたからね」

 男が間者であるとバレたのが、攘夷浪士と密会しているところを目撃されたことが原因だった。それも真選組の見廻りのルートだった。粗雑というか迂闊だ。血の巡りが悪いのか、それとも薬物のせいで気が狂っているのか、どちらにしても頭の良くない連中であることは確かだ。しかし、捕らえた男は口だけは固く、なかなか情報を漏らさなかった。そこで駆り出されたのが沖田隊長というわけだ。沖田隊長はいとも簡単に男の口を割らせた。沖田隊長はてっきり乗り気でくるのかと思っていたが、存外気が進まない様子だった。おそらく、相手が既に心身共に限界に近い状態だったからだろう。サディストは活きのいい相手を屈服させてこそ快感を得られるのだ。

「で?仲間の潜伏場所は訊き出せたのか」
「それが気絶してしまったみたいで、まだ……」
「叩き起こせ」

 八月の下旬、真選組は桂率いる攘夷党の浪士を大勢捕縛した。今回の間者はその仲間だ。そして、報復と真選組を潰すために組に潜入してきた。桂とは既に縁が切れている。今回分かったことはそこまでだ。男の目が覚めれば、今度は潜伏場所まで訊き出せるだろう。
 報告書を捲る。有力と思われる情報が監察方から入っている。

「男が桂たちと分かれた頃合いに、桂の目撃情報が度々入っていた場所があります。かぶき町の長屋なんですが、どうも柄の悪い男がいると言って住人が同心に相談していたらしいんです。まあ特に危害はなかったらしいんですが……先日騒ぎがありまして」
「騒ぎ?」
「いざこざを起こして、万事屋の旦那が子どもを庇って斬られたと」

 万事屋の旦那のことだ。厄介事に巻き込まれたり自ら首を突っ込んで行ったりするのは日常茶飯なのであまり気に留めることもないのだが。

「奴を斬ったのが連中ってことか」
「旦那はまだ入院してますし、確証はないですけど。でも近隣の住人の話からすると、おおよそ間違いないかと思います」

 捕らえた間者の写真を長屋の住人に見せたところ、出入りしていた男とよく似ているとのことだった。
 
「真選組を潰すために躍起になって、相当気が立っているようですね。副長、気を付けてくださいよ。恨み買いやすいんですから」
「は、好都合じゃねえか。片っ端から叩っ斬ってやらぁ」

 副長は微笑した。真選組の頭脳と言われているが、元来好戦的な人だ。おそらく浪士に襲われたとて好機と捉えるだろう。
 焚き火の中からアルミホイルを摘み出す。軍手をしていても熱い。あちち、と言いながらアルミを剥がしていくと、焼き芋が顔を出す。いい具合に焼けている。
 澄んだ声が俺を呼ぶ。ナマエちゃんだった。庭を歩きながら「山崎さんの毛布、虫食いがひどいんですけど」と困ったように言う。ナマエちゃんは今日、冬に備えて隊士の毛布を干していた。

「え、ほんとに? てか俺のだけ?」
「見てもらってもいいですか? 買い換えるなら行きますけど」
「んなもん自分で行かせろ」

 副長が口を挟む。ナマエちゃんはあまり気にせず「自分のも欲しいので」とあっけらかんと言った。ナマエちゃんは副長の小間使いもするので二人はわりと親しい。女性に対しては奥手で遠慮がちな副長もナマエちゃんに対してはあまり気遣いはしていないようだ。隊士の中には副長に対して萎縮する者もいるが、彼女は誰に対しても毅然としている。それは屯所に来た頃から変わらないが、前はどこか気を張っているような雰囲気があった。しかし最近は、時々とても柔らかい空気を感じる。元々人当たりは良かったが、何か心境の変化があったのだろうか。
 監察という仕事をしていると人間の些細な変化にも目敏くなってしまう。探るつもりはなくても、気が付いてしまうのだ。

「あ、焼き芋ですか? 秋ですねぇ」

 ナマエちゃんは煙の立つ落ち葉の中を見て身を屈める。もう秋も終わるけどね、とトングでアルミを転がす。

「食べる?」
「いえ、お昼いただいたばかりなので」

 にこりとナマエちゃんが笑う。隊士の中ではお嫁さんにしたい女中一位だ。その人気も頷ける優しい笑みだった。
 脇の灰皿に煙草を揉み消し、副長が立ち上がる。

「ナマエ、あとで部屋に茶ぁ頼む」
「はい」
「副長、芋は」
「道場の連中に分けてやれ」

 濡れ縁を降り、副長は庭の奥へ消えていく。あの方向は拷問部屋だ。ナマエちゃんはその背中を見送っていた。女中には踏み入らせてはいけない場所だが、皆その先に拷問部屋があることは知っている。暗黙の了解というやつで、誰も口にはしないだけだ。
 
「ナマエちゃん、焼き芋分けるの手伝ってくれる?」
「はい。軍手ありますか?」

 腕捲りをしたナマエちゃんの腕に、薄らと肌の色が違う部分が見える。わかりにくいが、火傷の跡だ。夏に潜入捜査で負ったものだ。俺は当時のことを頭の片隅で回顧する。
 ナマエちゃんの旅籠屋の潜入捜査が終わったあとだった。ふらりと現れた万事屋の旦那に脅され、本来は部外秘である潜入捜査について洗いざらい吐かされた。が、旦那が知りたかったのは捜査の内容などではなく、なぜナマエちゃんが捜査に加わったのか、何があったのかだった。あのときの冷え切った目付きは思い出すだけで身震いする。いつも飄々としている奴ほど、怒らせると怖いのだと思い知った。
 その後、ナマエちゃんには旦那に問い詰められたことは話していない。旦那にも数回会っているが、あのときのことについては触れられていない。触れられないことが逆に怖いのだが、余計なことは言わないに限る。俺も敢えて口にはしなかった。
 副長曰く二人は旧知の中だというが、あの旦那の様子はただ事ではなかった。何かあることは確かだが、詮索はしない。妙な探りを入れて、また旦那にしごかれるのは御免だ。
 

 



✳︎ 

 結局焼き芋をもらってしまった。膨れるお腹が少し苦しい。空を見上げると、昼間は清々しい晴天だったのに分厚い雲が広がっていた。人気は無く、慣れた帰路を歩く自分の足音がよく聞こえた。しかし、自分の足音に混じって、別の足音も背後から聞こえる。振り返ると、目深に笠を被った男が立っていた。男は足を止めた私に合わせるように歩を止める。息を飲む。男は腰に刀を持っていた。

「……真選組屯所を出入りしている女だな」

 目を逸らしてはいけないと、本能的に感じ取る。

「……何かご用ですか」
「おまえに用はない。だが、利用させてもらう」

 背後に人の気配を感じる。しかし、振り返ろうとしたときには既に遅かった。地面に倒れた私が最後に見たのは、道端に咲いた小さな花だった。






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