コンクリート打ちっぱなしの寒々しい部屋に放り込まれる。促されるがままに座面の潰れたパイプ椅子に座ると、自然と身が縮こまってしまう。真っ黒い隊服の男二人組は、部屋の鍵をかけ、机越しに私の前に立った。バドミントンのラケットを持った彼とは比べ物にならないほど威圧感がある。
 眼光鋭い黒髪のほうが机をバン、と音を立てて叩く。私は反射で肩を跳ねさせた。

「てめーどこの回しもんだ」

 瞳孔の開いた目で凄まれる。私は椅子の上で身動ぎした。

「ど、どこのって」
「攘夷浪士か、それとも極道者か」

 首を横に振る。

「私はただの運び屋です」
「てめーが持ってきたのは爆弾だ。知らずに持ってきたわけじゃあるめぇ」
「知らなかったんです」
「とぼけやがって」
「ほんとなんですって!」

 取り調べだ。私は今、取り調べを受けている。泣きそうになりながら本当に何も知らないんですと嘆くが、黒髪は険しい顔のまま溜め息を吐いた。隣に立っている栗色の髪の青年はずっと無言かつ無表情だったが、痺れを切らしたように肩を竦めた。

「土方さん、問い詰めるだけじゃ芸がねえや。ここは一つ俺に任せてくれやせんかねィ」
「なんかいい案でもあんのか?」
「こういう強情な女をぐっちゃぐちゃになるまで叩きのめして屈服させるのが」
「いや、やっぱいい。おまえは引っ込んでろ」

 小窓から漏れる日差しもコンクリートの中では暖かみがない。爆発のあと、流れるように拘束され、あれよあれよという間にこんな部屋まで連れてこられてしまった。
 私が運んだ箱の中身が爆弾だった。状況証拠で判断すれば私が最も怪しいことはわかるのだが、冤罪だ。冤罪であると証明したいのに冷静になり切れなくてうまく言葉が出てこない。
 項垂れる私の頭部に低い声が刺さる。

「オイ。身分証明書は?」

 勢いよく顔を上げる。

「運転免許証なら!」
「出せ」

 ズボンのポケットから免許証を出す。二人はそれを顔を寄せて覗き込み、写真の顔と私を見比べる。写真の顔は間違いなく私だ。
 黒髪は青年へ免許証のコピーを取ってくるように言って、青年が出ていくと自分は私の向かいのパイプ椅子に腰掛けた。なぜこんな怖い人と相対しなければいけないのだ。二人っきりになるなら栗色の青年のほうが良かったのに。
 黒髪は背凭れに背を預け、腕を組んで私を睨む。本当に警察官なのかと疑いたくなるほど態度が悪い。さすがチンピラ警察だ。

「職業は? 飛脚って言ったか」
「…………飛脚じゃありません。運び屋です」
「具体的に」

 しゃべりながら懐から煙草を取り出して咥える。慣れた手付きでライターで火を付け、吸い込み、煙を吐き出した。顔を顰める私のことなどお構いなし。目を瞬かせながら答える。

「……頼まれた荷物を運ぶ仕事です。依頼人の素性も荷物の中身も改めません。届け先のことも何も訊きません」
「つまり金さえ積まれれば何でも運ぶってことか。てめーみたいのが犯罪を助長させてんだ」
「助長させている証拠はありません」
「ほう、犯罪の片棒を担いでるって認めるんだな?」
「誘導尋問!」

 声を荒らげる。が、目の前の男は微動だにしない。

「依頼人の素性は知らないとは言え、顔くらいは見てんだろう。どんな奴だ」

 私は口を噤む。運び屋は信用第一。依頼人には専ら他人には知られたくないような事情がある。黒髪の言う通り、そりゃグレーだったりブラックな人との付き合いもあるが、仕事の依頼は一般人からのものが多い。飛脚よりもやや高値だが迅速かつ確実だし、何より荷物の中身を確認しないのでプライバシーが守られる。江戸で運び屋を始めてしばらく経ち、ようやく認知度も上がってきた頃だと言うのに、まさか警察の厄介になるとは思わなかった。
 長髪の男の顔を思い出す。依頼人、信用第一。頭の中をぐるぐると回る、運び屋としての意地と自分の保身。それらを天秤にかけると、簡単に答えは出てきた。

「長髪の若い男です」

 プライドをかなぐり捨てて、私は保身に走った。だってあの男のせいで私は謂れのない罪を被せられそうになっているんだから。ここを出たら真っ先にあの男を探し出して警察に突き出してやる。
 黒髪は煙草を咥えたまま「やはりな」と得心したように頷いた。部屋へ戻ってきた栗色の青年の手には、お盆に乗った丼があった。それを呼び水に私の腹の虫が鳴く。姿勢を正して熱い視線を向けていると、青年が「腹減りやしたかィ」と訊ねる。私は大仰に頷いた。取り調べと言えばカツ丼と相場が決まっている。こんな形でカツ丼を食べる羽目になるなんて予想だにしていなかったが、現金な私はタダ飯にありつけることに簡単に舞い上がる。
 青年は徐に蓋を外し、割り箸を咥えて割る。あれ? と疑問を抱えたときには既に遅く、カツ丼は青年の口に入った。唖然とする私を青年は無表情のまま見下ろしている。

「誰がアンタにやるって言ったんでィ」

 冷ややかな視線が向けられる。鳴き始めた腹の虫が大人しくなる。ここの警察はチンピラだけでなくひどいサディストもいるらしい。すっかりカツ丼を迎える口になっていたのにお預けを喰らい、私は力なく背凭れに凭れた。ここを出たら絶対にカツ丼を食べるんだ。
 黙々と食事を続ける青年を恨めしく思いながらも黒髪へ向き直ると、パイプ椅子が軋む。煙草の煙が目に滲みる。

「あの、もう解放してもらえるんですよね?」
「あ?」
「いや、爆弾を私に渡したのはそのロン毛の男で、私は無実なので」
「たったそれだけの証言で出られると思ってんのか?」

 へ? と素っ頓狂な声が出た。しかしすぐに言葉の意味を理解し、愕然とする。そこへ助け舟を出したのはカツ丼を貪る青年だった。

「まー土方さん。一応この女の身元も割れたことですし一旦釈放でいいんじゃないですかィ。あとはザキが洗うってことで」

 爆弾も桂でしょう、と青年は親指で口元を拭う。どうやら二人にはあの長髪男に心当たりがあるらしい。心当たりがあるなら速やかに捕まえてほしい。
 先程から土方さんと呼ばれている黒髪の名前と顔がようやく一致した。そうだ、真選組、鬼の副長と言えば有名人じゃないか。人の噂とは侮れないもので、まさに鬼と言って差し支えないほどの存在感だ。まじまじとその顔を見ていると、じろりと睨まれる。私は蛇に睨まれた蛙のように固まった。

「次に同じことやらかしたらしょっぴくからな」
「……肝に銘じます」

 表情筋が強張る。天人ややくざよりも怖いんじゃないだろうか。
 屯所を出るまで栗色の青年が後ろについて歩いてきた。爆発があった割に、建物に目立った損壊がない。

「爆破したんです、よね?」

 おずおずと訊ねると、青年は「ああ、空中でな」とあっさりと答えた。

「投げたんですか?」
「伊達に毎日テロリスト相手にしてねーんで」
「私はテロリストでは!」
「ねーんでしょう。わかってらァ」

 青年はつまらなそうに耳を掻いている。信用してもらえたと言うより、はじめから私に興味がなかったように見える。興味を持たれても困るが少し複雑になる。

「今度爆弾を持ってくるなら、土方十四郎宛にしな」

 別れ際、青年はひらひらと手を振りながら口角を上げた。深追いはせず、私はお世話になりました、と会釈をした。お世話になんかなっていないのに。
 門の前では愛車が待っていた。しかし、その車体には痛々しい傷がある。爆風で倒れたときに塗装が剥げて傷ができてしまったのだ。痛ましい姿に肩を落とす。走れないことはないが、このままでは気が引ける。私は溜め息を吐いてバイクを押した。





top
ALICE+