「吉原?」

 土方は既に山盛りになっている灰皿へ煙草を押し付けた。肘を置いている机の上には書きかけの文書と墨の乾き始めた硯がある。山崎は正座をしたまま頷いた。

「良質で派手な着物を着ていたと言っていたので遊女の類かと思い吉原へ当たってみたんですが、案の定でした。身請けでもされたか命辛辛逃げてきたのか、どちらかと思いましたが、どちらでもありませんでした」

 山崎の手には運び屋の女の写真がある。しかし、そこに写っているのは普段の黒服姿ではなく、きらびやかな髪飾り、襟を抜いた着物姿の女だった。細い首筋に伏せた眼差し、赤い紅を引いた唇が扇情的だ。
 土方はその写真を受け取り、まじまじと眺めた。取調室や道端で出会った女と顔の造形は同じだが、雰囲気が全く違う。少なくとも喚いたり泥酔した挙句に嘔吐したりするようには見えない。女は化粧ひとつでどこまでも変わるものだと感心するほどだった。

「彼女は鬼兵隊の間者でした」

 山崎の言葉に土方の動きが止まる。
 鬼兵隊——高杉晋助率いる過激派攘夷浪士の集まりで、名の知れた武闘派が数多く属している。しかし、女が仲間にいるとは情報に上がってきていない。唯一、紅い弾丸と称される拳銃使い、来島また子は主戦力として数えられているが、それ以外では噂すらない。
 こたつでドラマの再放送を見ていた沖田が、テレビから目を離さないまま訊ねる。

「するってえと、奴さんは幕府だなんだの情報を手に入れるために、遊郭に潜んでいたったわけか」
「ええ。しかし、高杉は目的のためなら手段を選ばない面がありますが、情報収集のために女を使うとは考えにくいです。奴は危険ですが、人目につくような派手な戦を好む傾向があるように思います」

 土方は胡座を組み直し、視線をテレビへ移した。子役がわんわんと泣いて迫真の演技をしている。何らかの理由があって両親と別れてしまったらしい。
 山崎の意見には土方も同意だった。確かに遊郭には幕府の上層部の人間や関係者が多く出入りしており、時として遊女が大きな情報を握っていることもある。しかし、やるならとことん滅茶苦茶に、どこまでも激しく暴れるのが高杉という男だ。無鉄砲ではないが、周りくどいことを時間をかけてするほど堅実でもない。
 高杉という男の性質について整理している土方の頭に、沖田が横槍を入れる。

「でも遊女なんて一朝一夕で客が取れるようになるもんなんですかィ? それも、幕府関係者なんて上客でしょう。俺ァそのへん詳しくねーんですけど、どうなんですかィ土方さん」
「俺に訊くな!」

 周囲が認める色男のわりに情話に耐性のない土方は顔を顰めている。山崎はさして気にせず、持ち帰った情報を淡々と述べた。

「遊郭もいろいろありますからね。幕府を快く思わず攘夷浪士にも協力的な店もあります。運び屋がいたのも、おそらくその類でしょう。優先的に上客に回されたり、人目につきやすいところにいて指名させるという手もあるそうですよ」

 天人の台頭、廃刀令による侍の失脚。時代が変わるたびに人々の人生は捻じ曲げられる。行き場を失い、吉原へ流れ着く者もいれば、家族のために自らの身を売った女も多い。男たちと共に、女たちも各々の戦いに身を投じている。
 こたつから半身を乗り出して、沖田が土方の手元を覗き込む。着飾った運び屋の姿を見て得心がいったように口角を上げた。

「なるほどねィ、こりゃ客がつくぜ」
「おまえ、こんな女が好きなのか」

 土方は目を細めた。趣味が悪い、と言いたげだった。確かに土方がかつて想っていた女に比べれば品がない。沖田は「まさか」と冷笑した。

「ただ、人間どんなに地位が上がろうと、女の前じゃヘコヘコ腰振るだけの猿と変わんねえもんだと思いやしてね」

 齢十八歳の青年の皮肉に、二人は閉口する。沖田はテレビへ視線を戻し、机の上のせんべいをかじった。
 外ではしんしんと雪が降り積もっており、普段はかしましい屯所は音を吸い込まれ静かだった。室内をテレビとヒーターの音だけが占めている。やがて土方は本日何本目かわからない煙草を手に取り、徐に火を付けた。

「じゃああの女はどこから来たんだ。吉原でヘマでもしたか」
「二年前、運び屋のいた遊郭に鬼兵隊ではない攘夷浪士が押し入る事件がありました。そこには幕臣やら奉行所の人間やら、そこそこ位の高い人間がいましてね。遊女の中に浪士と繋がっている者がいたようです。火事騒ぎになって運び屋は鬼兵隊の仲間に救われて逃げ出したようですが、その後吉原には現れなかったそうです。京にいる女と出会ったのはそれから間もない時期です」
「奴の本当の名前はわかったのか」
「吉原で長年遊女を見てきた情報持ちにも聞き込みをしてきましたが、何も。そもそも、名前なんて大した意味は持たないと言われてしまいました」
「しかし、鬼兵隊に属しながら運び屋をやっているわけでもあるまい。爆弾だって結局は桂のものだと判明した」

 何らかの理由があって、鬼兵隊を抜け、今は運び屋を生業としている。土方は煙草のフィルターを噛んだ。
 人生は行雲流水だと言っていた運び屋の顔が過ぎる。生きることに執着していないのだ。鬼兵隊は倒幕に対する意欲が他の攘夷浪士よりも一際強いが、あの女はそうではないのだろうか。攘夷が目的でないのなら、なぜ鬼兵隊になど入ったのか。
 書類仕事と日々積み重なる始末書の山に土方の思考は鈍っていた。頭が回っていないことを自覚し、溜め息と共に紫煙を吐き出す。
 障子が二回叩かれ、土方は入るよう返事をする。廊下に座っていたのは監察の若い隊士だった。隊士は土方、沖田に頭を下げ、山崎へ報告をする。

「山崎さんが調べていた運び屋の女が奉行所に捕らえられたそうです」

 土方と山崎は揃って目を丸くした。沖田はぴくりとも眉を動かさず、ただ隊士の顔を見遣った。
 山崎は腑に落ちないといった表情で隊士へ問う。

「捕らえられたって、なんで急に」
「詳細はわかりませんが、鬼兵隊、ミョウジナマエと」

 それから一昼夜と経たないうちに、瓦版によってその名前は広められた。





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