ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を見上げて白い息を吐く。会場に並んだ多種多様な雪像は、有象無象の集うかぶき町をそのまま表しているかのようだった。いかがわしい形の雪像を見ても何の感情も湧かないあたり、わたしもずいぶんと感化されてきている。
「けーるぞォ」
間延びした声に「はあい」と返事をする。雪原を駆け足で抜けていくと、銀さんが神楽ちゃんを背負って待っていた。神楽ちゃんは脱力し、穏やかに寝息を立てている。口の端から垂れた涎が、銀さんのスカジャンにべったりとついていた。
「散々はしゃいだ挙句、疲れて寝やがった」
銀さんは苦い表情で言った。けれど、膝の裏に回した腕はしっかりとその体を支えている。
「新八くんは?」
「そこ」
銀さんが顎をしゃくる。その先には定春と、定春の背に乗せれられた新八くんがいた。新八くんは疲れて寝ているというより、何かに巻き込まれて気絶しているといったふうだった。眼鏡の奥の目が白目を剥いている。
以前のわたしならば、狼狽えて心配しただろう。しかし、こう何度も同じようなことがあると慣れてしまう。その変化を冷たくなったという人はいない。順応するわたしと同様に、周りもわたしに慣れていくのだ。
夕べまで降り続いた雪は溶け始めていた。少し前を歩く定春の足跡をなぞるように歩きながら、新八くんの艶やかな黒髪を見る。地味だと揶揄されているけれど、美人の姉の血を引いているだけあって器量は悪くない。あと数年もすれば、立派な青年になるだろう。美少女なのに全く衒ったところのない神楽ちゃんだって、すぐに大人になる。わたしのことなんか見下ろすくらいに。二人とも精神的な年齢でいえば年のわりにしっかりしていて達観しているけれど、こうしてあどけない表情を見ていると、まだ十代の子どもなのだと痛感する。
「楽しかったんだね」
神楽ちゃんはむにゃむにゃと口を動かしている。きめ細かい白い肌は透けるようだった。
「あんだけ暴れりゃな」
「銀さんだって、一緒になって遊んでた」
「遊んでやったんだよ」
銀さんは、たまに二人と同年代なんじゃないかと錯覚するほど子どもっぽい面を見せる。負けず嫌いだったり、直情的で奔放だったり。かと思えば、年齢以上に老成している。なにが彼をそうさせたのか、どんな日々を過ごしてきて、いまの彼があるのか、わたしは何も知らない。
薄い雲を広げた空に夕日が滲んでいる。何度同じ夕日を見ても、きっと彼は何も語らない。
「ガキと犬は雪が好きだからな」
「銀さんだって、このくらいの年のころは雪遊びくらいしたんじゃない?」
「雪遊びねぇ」
「しなかった?」
「おまえはどうなの」
話を振ったつもりが振られてしまった。わたしは訊かれるがままに自分の十代を回顧した。江戸の山奥で育ったわたしにとって雪は生活に支障をきたすもので、楽しく遊ぶものではなかった。それに、遠縁の家に預けられていたわたしは塞ぎがちだった。一緒に遊ぶ友人さえいなかったので、雪遊びなんかした覚えがない。
「しなかったなぁ。友達いなかったから」
「え? 変なこと訊いちゃった?」
いらない気遣いを垣間見せる銀さんに、わたしは首を横に振る。
「ううん。でも、あの頃にみんなと会ってたら、もう少し違ったかもね」
苦い思いをたくさんしてきた。いまがとても幸せだから、対比で過去を余計に悲壮に感じてしまうのかもしれない。過ぎ去ったことを後悔したり思い出したりして、古傷を確かめるようなことはやめればいいのに、わたしは同じことを繰り返す。
雲の切れ間から滲んだ明かりが差し込み、目を眇めた。銀さんの髪も光って見える。いや、実際に光っているのだ。自由気ままに毛先が跳ね上がっているから、それは乱反射する。
「俺は、いま、ここでよかったと思うよ」
「え?」
「こっちの話」
銀さんは早々に話を切り上げた。表情は窺えなかった。定春だけがわたしを振り返っていて、止めかけた足を動かした。
ここでよかった。それは、彼がこの場所や時間を前向きに捉えているということだろうか。語ることのないこれまでに、並々ならぬ苦労や困難があったことは察しがついている。それが彼を年齢以上に老成させているのだと感じている。けれど、それらがここまで来るための布石だったと胸を張れるくらい、彼にとってもいまが幸せなのだろうか。
少し前を歩く銀さんの背中を追う。横顔を覗き込むと、なに? と怪訝な顔をされた。
「銀さんは……」
幸せなのか、訊こうとして口を噤む。言葉選びは慎重にしないと、彼は素直に答えてはくれない。
「楽しかった? 今日」
大差なかったが、銀さんは数拍だけ間を空けて、ああ、と答えた。
「まあまあ」
「……そっか」
「なんだよ」
意図のわからない質問をされ、銀さんは眉間に皺を寄せていた。わたしは満足して、笑みを見せた。
「なら、よかった」
銀さんはますます眉間の皺を深くした。
「なに? おまえ、なんか変だぞ。何企んでんの」
「なんでもないよ」
「なんでもないことあるか。銀さんに隠し事できると思ってんのか。吐け、全部吐け」
なんでもないと言っているのに、銀さんはしつこく付き纏ってきた。けれど、こんな気持ちを銀さんに話す気はさらさらない。銀さんが、ほんのかけらでも幸せでいてくれたらいいなんて、思っていても口にはしない。
口にしてしまえば、銀さんはそれ以上にわたしのことを願ってくれるひとだから。
わたしは、わたしが与えられる幸せ以上に、あなたに笑っていてほしいのだ。
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